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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)8150号 判決

《目次》

当事者の表示

主文

事実及び理由

第一原告らの請求の趣旨

第二事実関係

一 原子力発電機

1 原子力発電の概要

2 核分裂

3 原子力発電所の安全設計

4 安全審査

二 加圧水型軽水炉(PWR)

1 PWRの構造

2 エネルギーの管理

3 放射性物質の隔離

(一) ペレット及び燃料被覆管

(二) 原子炉冷却材圧力バウンダリ

(三) 工学的安全施設

三 蒸気発生器

1 蒸気発生器の構造

2 伝熱管

四 高浜二号機

1 高浜二号機の概要

2 高浜二号機の蒸気発生器

五 原子力発電機事故の一般的危険性

1 核分裂生成物とプルトニウムの生成

2 炉心の溶融

3 放射能が人体に与える影響

六 原告らの請求の内容

第三人格権に基づく差止請求権

第四争点

第五争点に関する判断

Ⅰ 伝熱管破断の危険性

一 我が国における過去に生じた伝熱管の損傷形態

1 腐食減肉

2 摩耗減肉

3 応力腐食割れ(SCC)

4 粒界腐食割れ(IGA)

5 ピッティング

二 伝熱管損傷の発見

1 渦電流探傷検査(ECT)の原理

2 コイルの種類

3 ECTの実施状況

4 ECTの検出能力

(一) 損傷の深さとの関係

(二) 損傷の深さの測定能力

(三) コイルによる検出能力の差異

三 伝熱管の損傷に対する方策

1 二次系環境改善対策

2 伝熱管の施栓

3 スリーブ補修

4 予防的スリーブ施工

5 耐圧・漏洩検査

四 これまでに行われた試験及び実験

1 内圧強度に関する破断試験

2 外圧強度に関する圧壊試験

3 IGAの発生条件に関する実験

(一) 水酸化ナトリウム濃度との関係

(二) 水質のpHとの関係

4 IGAの進展速度に関する試験

(一) 水質のpHとの関係

(二) ボロンソーキングによる耐食性の実験

(三) ボロンソーキングの有無及びK値(応力拡大係数)とIGAの進展速度との関係

(四) モデルボイラ試験

(五) 実験結果の総括

五 美浜二号機事故における伝熱管破断

1 事故の概要

2 破断管及び周辺管の状況

3 破断の原因

六 本件伝熱管の状況

1 これまでに発見されている損傷形態

2 高浜二号機におけるIGAの発生原因についての被告の説明

3 損傷本数と損傷発見時期

4 振止め金具の是正措置

七 本件伝熱管の漏洩事象

1 昭和六〇年二月一八日

2 昭和六三年八月一七日

八 本件伝熱管の破断の危険性

1 IGAの影響

(一) 存在するであろうIGA

(二) 損傷の進展速度

(三) 通常運転による破断の危険性

2 IGA等の損傷を原因とする破断の形態

3 評価基準事象との関係

4 結語

Ⅱ 伝熱管が破断した場合の影響

一 安全評価

1 安全評価とは

2 安全評価の対象

3 安全評価の判断基準

4 安全評価の方法

(一) 評価基準事象の選定

(二) 原子炉冷却材喪失及び伝熱管破損についての判断基準

(三) 判断基準適用の原則

(四) 安全機能等に対する仮定

二 蒸気発生器伝熱管の破断事故

1 想定されている事故収束過程

(一) 原子炉のトリップ

(二) ECCSの作動

(三) 損傷側蒸気発生器の隔離

(四) 一次冷却材の冷却

(五) 一次系の減圧

(六) 加圧器逃がし弁の閉止

(七) ECCSの停止

2 小LOCAとしての特殊性

3 環境汚染に対する特殊性

4 安全解析

(一) 解析条件

(二) 高浜二号機についての解析結果

三 美浜二号機事故

1 事故収束の経過

2 機器の不具合

(一) 主蒸気隔離弁の閉止不能

(二) 加圧器逃がし弁の開放不能

(三) コンピューターの処理能力の不足

3 ECCS停止の時期

4 炉心の沸騰の有無

5 解析結果

(一) 事象の再現解析

(二) 炉心の健全性評価に関する解析

(三) 環境への放射性物質の放出量とその影響評価に関する解析

(四) その他の解析

6 安全評価における安全解析の結果との比較

(一) 安全評価における安全解析

(二) 再現解析の解析結果との比較

7 隣接管への影響

四 これまでに行われた試験及び実験

1 破断時の破断管と隣接管の関係に関する試験

2 破断が生じた場合の炉心温度に関する実験

五 本件伝熱管の破断の影響

1 想定された事故収束過程による場合

2 安全評価審査指針による安全評価上の問題

3 機器の不具合、運転員の誤操作等の影響

(一) 機器の不具合等が発生する一般的危険性

(二) 原告らの主張

(三) 機器の不作動等より炉心溶融に至る危険性の有無

(四) 運転員の誤操作等により炉心溶融に至る危険性の有無

4 他の事故ないし運転時の異常な過渡変化との競合

5 結語

第六結論

原告

アイリーン・スミス

外一一〇名

右原告一一一名訴訟代理人弁護士

冠木克彦

福井泰郎

吉川嘉和

佐藤辰弥

武村二三夫

中道武美

池田直樹

小田幸児

養父知美

被告

関西電力株式会社

右代表者代表取締役

森井清二

右訴訟代理人弁護士

石川正

塚本宏明

高坂敬三

間石成人

右訴訟復代理人弁護士

岩本安昭

田端晃

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求の趣旨

被告は、高浜発電所二号機の運転をしてはならない。

第二事実関係

以下の一ないし五の事実は、当事者間に争いのない事実と証拠上明らかに認められる事実である。

一原子力発電機

1  原子力発電の概要

原子力発電は、原子炉において核燃料(ウラン二三五やプルトニウム二三九等)を用い、核燃料の核分裂によって発生した熱で蒸気を発生させ、その蒸気でタービンを回し、これによって発電をするものである。

2  核分裂

核分裂反応が起こるのは、原子炉の炉心においてである。ウラン二三五を用いた場合の核分裂反応では、ウラン二三五の原子核が一個の中性子を吸収して二つの原子核に分裂し、平均約2.5個の中性子を放出すると同時に大きなエネルギーを発生する。この二つに分裂した原子核は放射能をもっているため、核分裂反応は放射能生成反応となる。核分裂反応により、大量のエネルギーが発生する。このエネルギーが発電に使われる。なお、放射性物質は放射線を出すが、放射線自身もエネルギーであるため、放射性物質があると必ず発熱がある。このことは、放射能の隔離を困難にする一つの原因になっている。

核分裂反応では、増加して放出される中性子を他の原子核が吸収し、さらに核分裂反応が拡大して再生産されるという連鎖反応が発生する。したがって、核分裂連鎖反応を制御し、核分裂反応が一定の割合で維持される状態(臨界状態)に保ち、安定した状態でエネルギーを得るという操作が必要になる。

核分裂反応の度合いは、炉心部における中性子吸収材の量及び冷却材の温度に強く依存する。核分裂によって生じる2.5個の中性子のうち一個だけがウランに再度吸収される状態であれば、反応は安定する。それを実現するために、中性子吸収材を炉心の中に入れる。中性子吸収材としては、ほう素、カドミウム、ガドリニウムがある。ほう素は、加圧水型軽水炉(PWR)においては、一次冷却材の中にほう酸という形で含まれている。カドミウムは、銀、インジウムとの合金の形で制御棒として使用し、ガドリニウムは、一部の燃料棒のペレット内に混ぜ合わせて使用されている。長時間の出力変動の制御は、冷却材のほう酸濃度の調整で行われ、短時間の出力変動の制御(具体的な運転出力の制御やトリップ(緊急停止)の場合)は、制御棒を炉心に出し入れすることによって行われる。冷却材の温度との関係は、温度を低くすると反応を促進し、温度を高くすると反応を抑制する性質がある。

3  原子力発電所の安全設計(辻倉)

原子力発電所の安全設計とは、①原子炉のエネルギーを管理し、②放射性物質を隔離することにより、原子炉施設の安全性を確保するという観点からみた原子力発電所の設計のことである。安全設計は、「深層防護」という基本思想に基づいている。これは、安全対策を何段構えにもする、すなわち、何段もの安全対策を講じておくことにより安全性を確たるものにするという思想である。具体的には、次の三つの段階に区分できる。

(1) 異常な状態の発生自体を未然に防止する。

(2) 異常な状態が発生した場合には、これを早期に発見し、速やかに対策を講じて、その波及・拡大を防止する。

(3) 異常な状態が事故に発展したような場合においても、放射性物質の環境への異常な放出を防止する。

(4) 安全審査

核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(原子炉等規制法)二三条は、発電の用に供する原子炉(実用発電用原子炉)を設置しようとする者は、通商産業大臣の許可を受けなければならないことを定め、同法二四条は、通商産業大臣が許可をするにあたっては、原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質、これによって汚染された物又は原子炉による災害の防止上支障がないものであるという条件に適合していると認められない場合等には、設置の許可をしてはならないと定める。そして、この規定は変更する場合にも準用される(同法二四条四項)。この許可をするにあたっての審査を安全審査という。原子力の研究、開発及び利用に関する行政の民主的運営を図ることを目的として総理府に設置された原子力安全委員会は、「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針」(以下「安全評価審査指針」という。)等を定め、これに基づいて安全審査が行われている。安全審査においては、一定の評価基準事象(想定される事故や運転時の異常な過渡変化)が発生した場合に、それにより公衆に被害が及ばないこと等が調査される(藤家)。安全審査によって、事故等が起こらないこと自体が保証されるわけではない。

二加圧水型軽水炉(PWR)

1  PWRの構造(海老沢)

(1) PWRとは

原子炉の形式としては、軽水炉やガス炉などがある。軽水炉とは、約二ないし四%のウラン二三五を含んだ低濃縮二酸化ウランを燃料とし、減速材と冷却材に軽水(普通の水)を使用するものである。

軽水炉には、沸騰水型軽水炉(BWR)と加圧水型軽水炉(PWR)とがある。前者は、原子炉で直接蒸気を発生させてタービンにその蒸気を送るものである。後者は、冷却材(一次冷却材)に高圧をかけることによって、冷却材を沸騰させることなく蒸気発生器に送り、そこで別系統の二次冷却材に熱を伝え、二次冷却材を蒸気に変えて、その蒸気の力でタービンを回して発電するものである(別紙第一図参照)。

(2) 原子炉一次系

原子炉一次系は、原子炉格納容器の中に入っている。これには、原子炉容器(別紙第二図参照)、一次冷却材管、蒸気発生器等がある。炉心は原子炉容器の中にあり、そこで大量の熱が発生する。その熱は、約三二〇℃、約一五七気圧(正確には、kg/cm2G、以下「気圧」という。)でもって高速で一次冷却材管内を循環する一次冷却材によって高温側一次冷却材管から蒸気発生器に送られ、二次冷却材に熱を伝える。蒸気発生器から出てきた一次冷却材は、ポンプによって低温側一次冷却材管から再び原子炉に送られる。

一次冷却材は、加圧器によって約一五七気圧に加圧されているため、炉心でも沸騰せず、したがって蒸気とならないようになっている。

(3) 原子炉二次系

二次冷却材は蒸気発生器で一次冷却材から熱を伝えられ、その熱によって約二七〇℃の高圧の蒸気が大量に発生する。その高温高圧の蒸気が主蒸気管を通ってタービンに流れ、タービンを回して発電する。このタービンを回した後、蒸気は復水器で海水によって冷却されて水に戻り、主給水ポンプで主給水管から再び蒸気発生器に送られる。なお、蒸気発生器の管板上にスラッジ(水あか)がたまりやすく、これが伝熱管の腐食減肉に影響するとの考えから、管板上のスラッジを取り除くために、蒸気発生器の中心部分の下部にブローダウン配管を取り付け、そこから二次冷却材を毎時一〇トンないし二〇トンずつ常時排出し、水を入れ替えることによって、その水とともにスラッジが排出されることを期待している(梶井)。そして、これに対応して、新たな二次冷却材が二次系に注入されている。

2  エネルギーの管理(辻倉)

(1) 自己制御性

原子炉内で、何らかの理由により核分裂反応が急増した場合、自ら核分裂を抑制する性質のことを原子炉の自己制御性という。原子炉の予想されるすべての運転範囲で自己制御性を持たせることにより、核分裂が抑制されないで急激に増加することによって生じる事故(反応度事故)の発生を防止する。

(a) 減速材の温度効果

PWRでは、炉心で発生する熱を取り出し、これにともなって原子炉の除熱をするために、軽水を使用する。原子炉の除熱をし、これを冷却する役割を有するものを冷却材という。軽水は、この冷却材としての役割とともに、中性子の速度を減速する減速材としての役割も有している。核分裂の増加により原子炉の出力が上昇すると、一次冷却材の温度が上昇する。一次冷却材の温度が高くなると、軽水の密度は低くなる。この結果、中性子の減速効果が減少することになり、核分裂に寄与する中性子が減少する。そして、核分裂が抑制されるため、核分裂反応が停止される方向に働く。反応が促進されると温度が高くなるが、それにより反応が停止される方向に働くという点で、原子炉は、事故に対して安定性を有することになる。

逆に、一次冷却材が冷やされると、反応を促進する性質があるので、この点は注意が必要になる。

(b) 燃料のドップラー効果

PWRで使用する燃料は低濃縮二酸化ウランである。低濃縮ウランとは、天然ウラン中のウラン二三五の含有率(約0.711%)よりもウラン二三五の含有率を高くしたもの(濃縮ウラン)のうちで、濃縮度の低いものである(〈書証番号略〉)。低濃縮ウランでは、核分裂を起こしやすいウラン二三五の存在比が約二ないし四%、中性子を吸収しやすいウラン二三八の存在比が約九六ないし九八%である。ウラン二三八の中性子吸収効果は、温度が上昇することにより増加する性質を有している。したがって、核分裂が増加し原子炉の出力が上昇すると、燃料の温度が上昇してウラン二三八の中性子吸収効果が増加する。その結果、ウラン二三五の核分裂に寄与する中性子の数が減少し、核分裂が抑制されることになる。反応が促進されると温度が上昇して、ウラン二三八の中性子吸収効果が増加し、それにより反応が停止される方向に働くという点で、原子炉は、事故に対して安全性を有することになる。

(2) 原子炉停止系

何らかの理由により、核分裂が急激に増加し原子炉の出力が上昇したり、一次系の圧力が異常に上昇又は低下したりするような場合で、原子炉を緊急に停止する必要のある場合や、原子炉を未臨界状態に維持する場合のための機能である。原子炉停止系は、これを作動する必要のある場合に、これを作動させるための信号を送る安全保護系からの自動信号により、必要な作動をする。PWRでは、原子炉停止系として、原理の異なる次の二つの独立した機能を設けている。

(a) 制御棒駆動装置の原子炉トリップしゃ断器を開き、電気的に保持している制御棒を炉心内に自重で落下させて、核分裂を停止させる機能である。

(b) 化学・体積制御設備により、高濃度のほう酸水を一次系に注入する機能であり、これにより、原子炉を未臨界状態に維持する。

(3) 原子炉制御設備

核分裂をより安定に保ち、原子炉の出力を制御するための設備であり、主として、①制御棒制御系、②ほう素濃度制御系、③加圧器圧力制御系があるが、原子炉の反応度の制御には、制御棒制御系による制御棒の位置調整と、ほう素濃度制御系による一次冷却材中のほう素濃度調整との二つが用いられている。

3  放射性物質の隔離

(一) ペレット及び燃料被覆管

PWRにおいて燃料となる低濃縮二酸化ウランの融点は極めて高いため、融解加工によって製作することが困難である。そこで、二酸化ウラン粉末をプレス成型後、これを円柱状に焼き固めた二酸化ウラン焼結ペレットとして、燃料被覆管内に収めている(〈書証番号略〉)。燃料被覆管は、直径約九mm強であり、炉心においては、この間を一次冷却材が流れている。このペレット自体で、放射性物質が保持され、核分裂によって発生した放射性物質は、その大部分がペレット内にとどまる。これに対し、核分裂によって発生した放射性物質の一部はペレットから放出される。しかし、放出された放射性物質も、燃料被覆管の中に閉じ込められる。燃料被覆管の役割は、このような放射性物質の閉じ込めということのほかに、燃料と冷却材の反応を妨げるということがある(〈書証番号略〉)。燃料被覆管の材料としては、ジルコニウム合金が用いられている。ジルコニウム合金は、内外圧差による変形等に耐えられ、一次冷却材、二酸化ウラン、核分裂生成物等に対して高い耐食性を有する。

(二) 原子炉冷却材圧力バウンダリ

原子炉の通常運転時に一次冷却材を内包して原子炉と同じ圧力条件となり、異常状態において圧力障壁を形成するものであって、それが破壊すると一次冷却材喪失となる範囲の施設をいう。原子炉冷却材圧力バウンダリは、燃料被覆管から一次冷却材中に核分裂生成物が漏洩してきても、これを閉じ込めるという機能を期待されているものであり、一次系の圧力、温度等に耐えるものでなければならない。原子炉容器には、内面にステンレス鋼を溶接した低合金鋼(クロム、モリブデン鋼)が、一次冷却材管等にはステンレス鋼が、蒸気発生器伝熱管にはインコネル六〇〇が使用されている。

(三) 工学的安全施設

工学的安全施設とは、放射性物質を閉じ込める機能を有する原子炉冷却材圧力バウンダリが破損するような異常状態が発生した場合に、放射性物質の環境への異常な放出を防止できるような機能を有することを目的とした設備である。工学的安全施設は、安全保護系からの信号により、必要な作動をする。

(1) 非常用炉心冷却設備(ECCS)

(a) 原子炉冷却材圧力バウンダリが破損し、一次冷却材が流出するような事象が発生した場合に、緊急に炉心にほう酸水(ほう素濃度約二二〇〇ppm)を注入して炉心を冷却する機能を有する設備であり、次の三つの系統から成っている。

① 蓄圧注入系 約二九m3のほう酸水が入った蓄圧タンクが各低温側一次冷却材に一基ずつ設置されている。蓄圧タンク内のほう酸水は、窒素ガスにより約四二気圧に加圧されており、一次系の圧力がこの圧力以下に減少すれば、このほう酸水が一次系に自動的に注入される。

② 高圧注入系 原子炉補助建屋内に設置されている三台の充填/高圧注入ポンプのうち二台が安全保護系からの工学的安全施設作動信号により自動的に起動し、燃料取替用水タンク内のほう酸水を一次系に注入する。高圧注入系は、一次系が比較的高圧のときに作動することが予定されているため、注入圧力は高いが、注入されるほう酸水の量は低圧注入系ほどに多くない。

③ 低圧注入系 原子炉補助建屋内に設置されている二台の余熱除去ポンプが工学的安全施設作動信号により自動的に起動し、燃料取替用水タンク内のほう酸水を多量に一次系に注入する。低圧注入系は、注入圧力は低圧であるが、一次系が低圧になった場合に作動が予定されていることからも明らかなとおり、大量のほう酸水の注入が必要な場合であり、それに応じた注入量が予定されている。

(b) 一次冷却材喪失事故(LOCA)が発生した場合に、常にECCSが作動するわけではない。ECCSは、一次系の圧力が一定値以下になった場合に、必要な注入系が作動する。一次系の圧力が一定値以下にならない場合には、ECCSがまったく作動せず、充填系だけで対応する場合もある(藤家)。LOCAには、一次冷却材配管の破断断面積が大きく、そのため原子炉冷却材圧力バウンダリの内圧、水位が急激に減少する大LOCAと、破断断面積が小さく、そのため原子炉冷却材圧力バウンダリの内圧が下がりにくく、一次冷却材の流出が少ない小LOCAとがある。大LOCAの場合には、大量の一次冷却材が流出して一次系の圧力が急速に低下するため、高圧注入系、蓄圧注入系及び低圧注入系の三系統の全てからほう酸水が一次系に注入される。しかし、この場合、高圧注入系は当初の段階では作動するが、あまり重要性を有しない。小LOCAの場合には、蓄圧注入系や低圧注入系の作動が予定されているような圧力まで一次系の圧力が低下しないので、高圧注入系のみが作動する(海老沢)。

(c) ECCSから注入される高濃度のほう酸水は、燃料取替用水タンク、蓄圧タンクに貯蔵されている(高浜二号機の燃料取替用水の貯留量は一七〇〇m3である。)が、事故時等には、それを使用することにより、いずれはタンクが空になることが想定される。そのため、いったん使用し、原子炉格納容器の底(格納容器サンプ)に溜まった漏洩水をポンプで汲み上げ、冷却した後、再びECCSからの注入水として循環再使用することにより、長期の冷却を可能にするようになっている(海老沢)。

(d) LOCAが発生しなくても、ECCSが作動することがある。炉心における核分裂の反応度が異常に増加するような場合である。この場合には、炉心での核分裂反応を抑制するために、高濃度のほう酸水を炉心に注入する目的でECCSが作動する。このような事態が発生する場合としては、二次系の主蒸気逃がし弁開放事象や、主蒸気管破断事象が考えられる。これらの事象が発生すると、二次系の蒸気が大気中に放出されて二次系から喪失し、蒸気発生器における蒸発量が増大する。そうすると、蒸発により気化熱が周囲から奪われることにより、伝熱管を通しての一次冷却材の冷却効果が増大する。一次冷却材の温度の低下は、核分裂がいったん停止していたとしてもこれを再開する再臨界状態をもたらし、核分裂が停止していなかった場合にはその出力が上昇するという事態を生じさせる。ECCSはこのような事象に対する安全装置の役割も有しており、高圧注入系から高濃度のほう酸水を炉心に注入して、核分裂反応を抑制し、原子炉を停止させる(海老沢)。

(2) 原子炉格納容器

原子炉容器、一次冷却材管等の原子炉施設の主要部分を格納するための密閉鋼性容器であり、放射性物質が一次冷却材管等から原子炉格納容器内に流出しても、それが環境中へ放出されることを防止する機能を有する。

(3) 原子炉格納容器スプレ設備

一次冷却材管が破断し、一次冷却材が流出した場合、流出した一次冷却材から蒸気が発生し、原子炉格納容器内に充満する。これにより、原子炉格納容器内の圧力が上昇するが、これによる原子炉格納容器の損傷を防止するため、圧力上昇を防止する目的で、燃料取替用水タンクのほう酸水を原子炉格納容器内の上部に設置したノズルからスプレし、格納容器内の蒸気を凝縮して、一次系の圧力を低減させる。また、スプレ水滴により、放射性よう素を吸着して、原子炉格納容器内の雰囲気中の放射性よう素濃度を減ずる効果もある。

(4) アニュラス及びアニュラス空気再循環設備

アニュラスとは、原子炉格納容器とその外周コンクリート壁との間をつないでいる空間で、アニュラスシールにより密閉されている。原子炉格納容器からアニュラスに放射性物質が漏洩してきても、それが環境中に放出されないようにするため、アニュラス部は大気圧以下になっている。また、アニュラス空気再循環設備とは、原子炉格納容器からアニュラス部に漏洩した空気を、放射性よう素を吸着しやすい性質を持ったよう素フィルタを通して浄化再循環し、環境中に放出される放射性物質の量を減少させるための設備である。

(5) 安全捕機室空気浄化設備

ECCSの作動時に作用が予定されている再循環冷却水には、放射性物質が含まれている可能性があるため、再循環水が通る機器から放射性物質が漏洩することを防止することを目的として、再循環に必要な機器が設置されている部屋(安全捕機室)の空気を、よう素フィルタを通して浄化した後、浄化された空気を排気筒から放出するための設備である。

三蒸気発生器(梶井)

1  蒸気発生器の構造

蒸気発生器は、炉心での核分裂反応によって発生した熱を、一次冷却材を介して二次冷却材に伝え、タービンを回すために必要な蒸気を発生させるという役割を有している。

原子炉容器から高温側一次冷却材管を通って蒸気発生器へ送られてきた一次冷却材(約三二〇℃)は、伝熱管の内側を流れる間に、二次冷却材に熱を伝える。熱交換を終えた一次冷却材(約二九〇℃)は、蒸気発生器の外へ出て、低温側一次冷却材管を通り、再び原子炉容器へ送られる。他方、蒸気発生器に給水された二次冷却材(約二二一℃)は、伝熱管の外側を流れる間に、一次冷却材からの熱で沸騰し、約二七〇℃の蒸気となる。蒸気となった二次冷却材は、主蒸気管を通ってタービンへ送られ、発電の用に供された後、復水器で水に戻され、再び水となった二次冷却材は、主給水管を通って蒸気発生器へ送られる。

2  伝熱管

蒸気発生器伝熱管は、蒸気発生器内において、一次冷却材の温度を二次冷却材に伝えるという熱交換器の役割を有している。これが、伝熱管の目的となる役割である。熱交換器であるから、伝熱管の管厚は薄い方が効果的であり、伝熱管の管厚は、通常、約1.27mmないし1.3mmである。

蒸気発生器伝熱管は、一次冷却材を閉じ込める障壁の一部であるから、原子炉冷却材圧力バウンダリの一部を構成している。

四高浜二号機(梶井)

1  高浜二号機の概要

高浜二号機は、福井県大飯郡高浜町田ノ浦の高浜発電所内に建設され、昭和五〇年一一月一四日営業運転を開始した電気出力八二万六〇〇〇kwのPWRであり、これまでに一三回の定期検査が行われている。

高浜二号機は、三組の一次冷却材回路を有し、それぞれの回路に蒸気発生器が一基ずつ合計三基設置されており(別紙第三図参照)、平成六年一月から蒸気発生器の交換作業が行われる予定である。

2  高浜二号機の蒸気発生器

蒸気発生器は、縦長の円筒形鋼製容器で、高さが約0.6m、上部の直径が約4.4m、下部の直径が約3.4mであり、下から一次側水室、U字型伝熱管部、二次側気水分離部等で構成されている(別紙第四図及び別紙第五図参照)。

(1) 一次側水室は、蒸気発生器の最下部にあり、半球状の鏡板、伝熱管が固定されている管板、入口側と出口側を分ける仕切板により構成される。管板上面には、蒸気発生器二次側の水質管理をするために、ブローダウン配管が設置されている。

(2) U字型伝熱管部は、蒸気発生器一基につき三三八八本のU字型伝熱管群により構成される。各伝熱管は逆U字型に取り付けられており、その両端は蒸気発生器下部の管板部で固定されている(以下、高浜二号機の蒸気発生器伝熱管を「本件伝熱管」という。)。本件伝熱管の外径は約二二mm、厚さは約1.27mmであり、材料にはニッケル・クロム・鉄合金からなるインコネル六〇〇が使用されている。伝熱管の上部のU字部には振止め金具が伝熱管と伝熱管との間に挿入されており、伝熱管が二次冷却材の流れにより振動するのを防止している。伝熱管は、管板より上の直管部分(伝熱管部がまっすぐな部分)では、七枚の炭素鋼製管支持板(厚さ一九mm)によって支持されている。七枚の管支持板は、下から順に第一ないし第七管支持板と呼ばれる。各管支持板には、直径約二三mmの丸穴が開けられ、その穴に伝熱管が挿入されて支持されている。

(3) 二次側気水分離部には、気水分離器と湿分分離器が設置されている。気水分離器は、一次冷却材から伝えられた熱で発生した二次冷却材の蒸気と水の混合流(二相流)を蒸気と水に分離する。湿分分離器は、気水分離器から送られてきた蒸気中の湿り度を0.25%以下にして、その蒸気をタービンへ送っている。

(4) 一次冷却材は、一次冷却材入口ノズルから一次側水室(入口側)に入る。そして、U字型の伝熱管の内側を通って、二次冷却材に熱を伝えた後、一次側水室(出口側)を経て、一次冷却材出口ノズルから低温側一次冷却材管へ流れていく。二次冷却材は、伝熱管の上端より上に位置する給水環を通して蒸気発生器に給水され、伝熱管群を取り囲んでいる内部胴と下部胴の間の円環状の水路を下降し、管板上で流れの向きを変え、伝熱管群内を上昇する。二次冷却材は、上昇する間に一次冷却材の熱によって蒸気を発生させ、蒸気と水との二相流となって更に上昇し、二次側気水分離部に入る。

(5) 伝熱管は、高温、高圧での使用に十分な強度を有することが必要であり、実験では、通常運転温度である約三二〇℃の条件下で、内圧に対して約四二〇気圧、外圧に対して約二一〇気圧の耐圧性を有することが確認されているという。通常運転時には、伝熱管は、一次冷却材による約一五七気圧の内圧と、二次冷却材による約六〇気圧の外圧が加わる。

五原子力発電機事故の一般的危険性(海老沢)

1  核分裂生成物とプルトニウムの生成

核分裂反応により、炉心に多種類の核分裂生成物(キセノン一三三、クリプトン八五、よう素一三一、セシュウム一三七等)が蓄積される。また、炉心の中には、二酸化ウランを組成するウラン二三八が大量に存在し(前記のとおり、約九六ないし九八%)、それが原子炉内の中性子を吸収してプルトニウムという物質に変わる。プルトニウムはこのようにして原子炉内で生成するが、非常に毒性が強い。

2  炉心の溶融

原子炉冷却材圧力バウンダリが損傷すると、一次冷却材配管から一次冷却材が失われる。これをそのまま放置すると、炉心から一次冷却材がなくなって炉心は露出する。炉心の中に収められている燃料被覆管の材料であるジルコニウム合金(ジルカロイ―4)は六〇〇℃を超えると柔らかくなってしまうため、燃料被覆管は内圧に耐えられなくなって、膨れ、破裂する。さらに、約一二〇〇℃以上になると水蒸気と激しく反応するようになる(水―ジルコニウム反応)。この反応は発熱反応で、一度反応が起こると反応は一気に進む。この反応により、ジルカロイは非常に脆い性質になるとともに、大量の水素を発生させる。ジルカロイが非常に脆い性質になるため、燃料棒が崩壊し、燃料棒の中の放射性物質が燃料棒の外に出てくる。これが炉心の溶融である。また、水素の大量発生は、水素爆発による原子炉格納容器損傷の可能性をもたらす。

一次冷却材の一次冷却材配管からの流出により、炉心から一次冷却材が喪失した場合、約一分以内に炉心の上部まで一次冷却材を注入しないと、炉心は一二〇〇℃を超えるといわれている。

3  放射能が人体に与える影響

放射能の人体への摂取は、地上に沈着した放射性物質が出す放射線による体外被ばくと、放射能で汚染された飲食物による体内被ばくとの二つの経路がある。放射能の摂取により人体に与える被害は、急性放射線障害と晩発性放射線障害とに大別される。急性放射線障害は、直ちに被害者の死亡をもたらす。晩発性放射線障害は、各種の癌障害という形で現れる。

六原告らの請求の内容

原告らは、本訴において、本件伝熱管は劣化していて破断の危険があり、本件伝熱管が破断すると、一次冷却材の喪失により原子炉の炉心の溶融を引き起こす危険性が高く、そのような事故が発生すると、多量の放射能が大気中に放出され、一五〇Km圏内に生活する原告らに、回復し難い重大な被害を及ぼす現実的な危険性があると主張し、人格権に基づいて、現在の劣化した本件伝熱管を用いることによる高浜二号機の運転の差止めを求めている。

第三人格権に基づく差止請求権

一生命、身体、自由等は、人が人として法の世界において人格が認められている以上、法律上当然に保護されているものであり、むしろ、それらは権利の根源であり、幹流であるから、生命、身体、自由等の総体を人格権として法律上の権利性を付与するか否かにかかわらず、それが侵害されて被害が生じているときはもとより、その被害が現実化していなくても侵害の危険に晒されているときは、その侵害若しくは侵害の危険の原因について責任のある者に対して、その侵害の排除、若しくは、予め侵害の危険の原因の排除を求めることができるものと解するのが相当である。

いかなる場合に侵害の危険に晒されているとして差止請求が認められるかについては、事柄の性質上将来の予測に基づかざるを得ないものがあるので、広汎にわたり易く、差止めを受ける側の権利を阻害する虞れもあるから、一般的には、その侵害による被害の危険が切迫しており、かつ、その侵害により回復し難い重大な損害の生じることが明らかであって、その損害が相手方の被る不利益よりもはるかに大きな場合で、しかも、他に代替手段がなく、差止めが唯一最終の手段であることを要するものと解するのが相当である。

二原告らの本件訴えは、高浜二号機には炉心溶融の差し迫った危険があり、炉心熔融に至れば原告らの生命、身体及び自由に回復し難い被害が生じるとして、その侵害の危険性の排除を求めるものである。

高浜二号機は、前記のとおり、電気出力八二万六〇〇〇kwの加圧水型軽水炉であり、それに使用されている炉心の燃料は低濃縮二酸化ウランを用いたもので、炉心にはキセノン一三三、クリプトン八五、よう素一三一、セシュウム一三七等の多くの核分裂生成物やプルトニュウム等の超ウラン放射性物質が蓄積されているので、高浜二号機に原告らが主張するような炉心の溶融が起こり、遂には、原子炉格納容器等が破壊され、右核分裂生成物等が大量に外界に放出される最悪の事態になると、本件高浜二号機の規模等からして、右核分裂生成物等が半径数Kmの至近距離の範囲の地域を直撃し、気象条件によっては、その降下地域が高浜二号機から約一五〇Kmの圏内にも及ぶ可能性は否定できず、原告らを含めた広範囲の者の生命、身体等に放射線障害を与え、直接的ないし間接的に、人類が経験するうちで最も過酷で悲惨な類の被害が発生するであろうことは容易に推認することができ、また、そうした被害の発生を防止する方法としては、高浜二号機の運転を差し止める以外に他に方法がないことも明らかである。

三問題は、かかる被害の発生する危険性の有無にある。科学技術を利用した各種の機械・装置は常に何程かの事故の発生する危険性を伴っており、時代の先端を行く高度の科学技術及び知見を動員して造られた原子力発電施設もその例外ではない。しかも、原子力発電施設は放射性物質を内臓しているので、他の一般の産業施設等と比べて、その危険性は極めて重大な意味をもつ。にもかかわらず、国(その究極は国民)が原子力発電を選択したのは、現代の科学技術と知見をもってすれば、原子力発電施設を安全に管理することが可能であると判断したことによるものと考えられる。

したがって、その危険性の有無の判断は、原子炉について災害が起こるかどうかという関係において、当該原子力発電施設を安全に管理することができるかどうかにあり、そうした安全管理に疑義があれば、被害の発生する危険性があるといって妨げないと解する。

そして、そうした安全管理の観点からの安全性の判断は、原子力安全委員会が関連する多くの専門分野の専門技術、知見及び学識経験等に基づき安全評価審査指針において具体的な事故等の事象を想定したうえ安全評価をすべきものとしていること、原子力発電施設が深層防護の思想に基づき設計されていることに鑑みると、総合的観点から安全管理の点において安全評価上疑義がなく、他にその疑義を窺わせる具体的な事情等が認められなければ、災害防止上支障がないもの(原子炉等規制法二四条一項四号参照)として安全性を肯定し、安全管理の点において安全評価上疑義があると認められるような場合には、その安全性を否定すべきものと考える。

四これを本件についていえば、本件伝熱管が破断する危険性が存在するということのほかに、その後の事故の収束についての安全管理についても安全評価上疑義があり、炉心の溶融が起こる具体的危険性が存在すると認められる場合には、本件伝熱管を用いた高浜二号機の運転の差止めを求めることができるものと考える。

第四争点

一原告らの主張に対し、被告は、本件伝熱管に粒界腐食割れ(IGA)はあるが、それによる伝熱管破断の事態が生じる危険性はなく、伝熱管の破断を仮定した場合でも、炉心の溶融に至らずに事故は収束するのであるから、伝熱管破断による炉心溶融はあり得ないと主張する。

二そうすると、本件の争点は、本件伝熱管が劣化によって破断し、これにより炉心溶融が生じる具体的危険性があるかということになる。

第五争点に関する判断

Ⅰ  伝熱管破断の危険性

一我が国における過去に生じた伝熱管の損傷形態(梶井)

1 腐食減肉

二次冷却材のpHを調整するため、りん酸塩による二次系水処理が行われていたが、伝熱管と管支持板とのクレビス(隙間)部でのドライ・アンド・ウェット現象(沸騰により、局部的に乾湿が繰り返される現象)や管板上に堆積したスラッジ(水あか)中で、りん酸塩が局所的に濃縮したために生じたと考えられている。

2 摩耗減肉

振止め金具による伝熱管の支持が不十分なところで、二相流による伝熱管の振動により、振止め金具と伝熱管とが繰返し接触して摩耗し、伝熱管二次側から起きた減肉である。

3 応力腐食割れ(SCC)

(1) 管板クレビス部

管板クレビス部(管板と伝熱管との隙間)のSCCは、二次系水処理をりん酸塩処理から揮発性薬品処理(AVT)に変更後、蒸気発生器二次側に残留したりん酸ナトリウムから生成した水酸化ナトリウムが、管板クレビス部でのドライ・アンド・ウェット現象により濃縮し、これによって腐食が生じ、これに内圧と外圧の差による応力が重畳して発生したものであると考えられている。

(2) 伝熱管U字部

曲げ半径の小さい伝熱管のU字部のSCCは、伝熱管を曲げ加工した際の残留応力が大きかったことと、運転中の内圧と外圧の差による応力とが重畳して発生したものであると考えられている。

(3) 管板拡管部、拡管境界部

管板クレビス部のSCCへの対策として、伝熱管を管板全長にわたって拡管し、クレビス部をなくす措置を講じた際、拡管が不十分なところに生じた残留応力や拡管の際に生じた残留応力が、運転中に伝熱管に作用する内圧による応力と重畳して発生したものであると考えられている。

4 粒界腐食割れ(IGA)

IGAは、伝熱管材料の結晶と結晶との境目に沿ってひびが入る割れの形態である。結晶粒界(結晶粒と結晶粒との境界)は、金属中の不純物が析出しやすく、一般的に、結晶粒内よりも腐食されやすい傾向を持っている。粒界だけが選択的に腐食されるのがIGAである。伝熱管においては、二次側から管軸方向の割れとして発生している。

5 ピッティング

伝熱管の二次側から認めれた、くぼみ状(ピット状)の微小な局部腐食で、管板上のスラッジ堆積部における酸化性雰囲気のもとで、復水器細管の漏洩により持ち込まれた塩化物が濃縮して発生したと考えられている。

二伝熱管損傷の発見(梶井)

1 渦電流探傷検査(ECT)の原理

ECTは、渦電流を用いて検査対象物の傷の有無を調査する検査手法である。伝熱管の中にプローブ(探傷子)・コイルを挿入し交流電流を流すと、電磁誘導作用によってコイル付近の伝熱管に渦電流が流れる。このとき、伝熱管に損傷があると、正常な場合と比較して渦電流が変化し、コイル・インピーダンス(コイルの抵抗)に変化が起こる。したがって、同時に二つ以上のコイルを伝熱管内で移動させ、二つのコイル・インピーダンスの相対変化をプローブ・コイルによって検出すれば、損傷を発見することができる。

2 コイルの種類

伝熱管の定期検査に使用されるプローブは、そのセンサーの形状によって、次の三種類に大別される(〈書証番号略〉、梶井)。

(1) ボビンコイル型

高速での探傷が可能であり、U字部への挿入性が良いので、伝熱管の全数全長探傷用として使用される。ただ、渦電流の流れが管の円周方向のため、円周方向割れに対する検出能力は十分でない。

被告が定期検査で用いているもののうち、①DFプローブ、②小半径U字部用プローブ、③スリーブ補修部用プローブ、④シングルコイルプローブはボビンコイルの一種である。

(2) マルチコイル型

複数の小型センサーを管壁に接触させるものであり、割れに対する検出性は管軸方向及び円周方向ともに良いが、プローブの耐久性、挿入性が低下するほか、センサーの数が多いためにデータ量が増加し、高速データ処理が必要となるため、部分的にのみ適用されている。

被告が検査で用いているもののうち、8×1コイルは、マルチコイルの一種である。

(3) 回転コイル型

一ないし三個程度のコイルを管壁に接触させスパイラル状に走査するもので、マルチコイル型と同等以上の検出性が得られる。データを管の円周方向、管軸方向に展開して表示できるため、検出した損傷の評価にも有利である。ただ、プローブの構造がマルチコイル型の場合より更に複雑化するため、耐久性及びU字部への挿入性が低下するほか、データ量もマルチコイル型より更に増加するし、探傷能率も低い。

回転コイルの例としては、動力回転パンケーキコイル(MRPC)がある(〈書証番号略〉参照)。

3 ECTの実施状況

被告においては、定期検査の都度、伝熱管の全数・全長にわたってECTが実施されている。

被告が検査で用いているコイルは、①原則として、DFプローブ(二つの固定されたコイルを伝熱管の管軸方向に大小二対設けたプローブ)であり、②伝熱管のU字部のうち半径が小さい部分のために、通過性の良い小半径U字部用プローブを、③スリーブ補修がされている伝熱管のためにスリーブ補修部用プローブを、④管板クレビス部のためにシングルコイルプローブを、⑤曲げ半径の大きい二列の伝熱管の最上段支持板(第七管支持板)部のために8×1コイルをそれぞれ用いている。①ないし④のコイルは定期検査のときに用いられているが、⑤のコイルが定期検査時に用いられているかは、必ずしも明確でない(梶井)。回転コイルは、まったく用いられていない。

4 ECTの検出能力

(一) 損傷の深さとの関係

被告は、昭和六〇年と平成四年の二度にわたり、ECTによるIGAの検出性に関する実験を行った。この実験では、人工的にIGAを発生させたインコネル六〇〇の伝熱管を使用し、昭和六〇年には一次側の加圧を実施しないままで五本の伝熱管について、平成四年には一次側の加圧を実施したうえで一八本の伝熱管について、ECTの検出性を評価した。実験方法は、まずDFプローブコイルによってECTデータを取り、そのデータを分析して損傷信号の有無を評価した後、試験片を切断して、IGAの深さを測定するというものであった。その結果は、昭和六〇年の実験では、深さ三五%のIGAについて検出不可、深さ四〇%、五〇%、五五%の各IGAについて検出可、深さ五五%のIGAについて信号微弱であり、平成四年の実験では、深さ二五%、二七%、三〇%、三一%、三三%、三三%、三四%、三五%の各IGAについて検出不可、深さ三四%、三五%、三九%、四五%、四六%、五〇%、五一%、五四%、五五%、五五%の各IGAについて検出可であったされる(〈書証番号略〉、梶井)。

右の実験結果により、被告は、割れの深さが伝熱管の管厚の四〇%を超えるIGAは検出できることが確認されているという(梶井)。しかし、これらは、実験例として少なきに過ぎ、これだけで四〇%を超えるIGAが確実に検出されると断定することはできない。また、この実験は、まずECTで損傷信号の有無を評価した後、実際に伝熱管を輪切りにしてECTの信頼性を検証したものであるというが、その輪切りの場所が、ECTによって損傷が検出された部位だけなのか、それ以外のあらゆる部位なのかが不明である。もし、ECTで損傷が検出された部位のみを輪切りにしたに過ぎないのであれば、ECTの信頼性の検証として十分とはいえない。ECTで検出されなかった部位に損傷がないということは、まったく明らかになっていないからである。なお、梶井証人は、右の昭和六〇年の実験と平成四年の実験は、いずれも外径22.23mm、厚さ1.27mmのインコネル六〇〇の伝熱管一本につき一箇所、深さ二五%から五五%、長さ約九一五mmのIGAを人工的に作出するために、試験片の伝熱管を苛性ソーダと酸化剤の含まれた領域に入れて時間の長短によりIGAの深みをつけ、それについてECTの損傷信号の有無を評価して、試験片を切断してIGAの深さを測定したものであると証言しているが、具体的にどのような方法によって一箇所にのみIGAを発生させたのかは明らかでなく、また、仮に、ある一箇所に人工的にIGAを発生させたとしても、それでは当該箇所に既にIGAが発生していることは判っていることになるから、ECTの検査能力テストとして十分とはいえず、その結果をもって、伝熱管の四〇%に達しているIGAは一〇〇%近く検出可能とまで断定することには疑問がある。

(二) 損傷の深さの測定能力

現在のECTの技術では、損傷がどの程度の深さかということについては、一応の判定はできるものの、その精度はあまり良くないといわれている(梶井)。

(三) コイルによる検出能力の差異

ボビンコイルは、円周方向の損傷に対して能力が低く(梶井)、割れが顕著な管軸方向成分をもつまでに十分大きいとか、傷口が開いている場合でなければ、検出が困難である(〈書証番号略〉)。これに対して、MRPCは、円周方向の損傷に対しても、管軸方向の損傷と同じ程度に検出能力が高い。美浜一号機においては、平成四年七月三〇日に伝熱管から一次冷却材の漏洩があり、それより前に行われたボビンコイルによるECT検査では損傷が検出されていなかったため、MRPCを使用して検査を行ったところ、従来発見されていなかった二四三本(漏洩管一本を含む。)の伝熱管について損傷が新たに発見されている(〈書証番号略〉)。

8×1コイルは、五mmから一〇mmの長さの割れについて、四〇%ないし六〇%の深さであれば検出できる。また、SCCの深さと損傷信号の関係についてみると、ボビンコイルでは、伝熱管の内側からのSCC、外側からのSCCのいずれについても、損傷の深さが深くなったからといって、損傷信号にあまり大きな差異はない。特に、伝熱管の内側のSCCにつていは、損傷の深さが深くなっても、損傷信号にはほとんど差異がない。これに対し、8×1コイルでは、伝熱管の内側からのSCC、外側からのSCCのいずれについても、損傷の深さが深くなると、損傷信号が明確に読み取れるようになる。特に、伝熱管の内側からのSCCについては、損傷の深さが深くなると、損傷信号がほぼ確実に明確に読み取れるようになっている(〈書証番号略〉)。

三伝熱管の損傷に対する方策(梶井)

1 二次系環境改善対策

IGAの発生防止及び進展抑制対策として、被告においては、次のものが実施されている。

(1) 定期検査時

(a) 起動前クリーンアップ(不純物の持込み防止)

営業運転開始時から実施。第九回定期検査(昭和六二年九月から昭和六三年三月まで)から洗浄時の流量を増大

(b) スラッジランシング(不純物の除去)

第一回定期検査(昭和五一年九月から昭和五二年四月まで)から実施

(c) 温水洗浄(不純物の除去)

第五回定期検査(昭和五六年一一月から昭和五七年六月まで)から実施

(d) ほう酸浸漬(不純物の除去、耐食性被膜の生成)

第一〇回定期検査(昭和六三年九月から平成元年六月まで)から実施

(2) 運転時

(a) ほう酸注入(不純物の除去)

昭和六〇年から実施

(b) 二次冷却材の水質の管理(不純物の除去及び持込み防止、腐食の防止)

営業運転開始時から実施

(c) 高ヒドラジン運転(不純物の除去、腐食の防止)

第七回定期検査(昭和五九年八月から昭和六〇年五月まで)に復水脱塩装置を設置し実施

2 伝熱管の施栓

伝熱管に損傷が発見された場合において、スリーブ補修が適用しにくい場合には、伝熱管を施栓する。施栓とは、損傷が発見された伝熱管の両端に栓(プラグ)を施すものである。

被告の原子力発電所別の伝熱管の施栓率は、次のとおりである(〈書証番号略〉)。

(1) 美浜一号機 18.4%

(2) 美浜二号機 6.3%

(3) 美浜三号機 2.2%

(4) 高浜一号機 6.4%

(5) 高浜二号機 15.5%

(6) 高浜三号機 0.2%

(7) 高浜四号機 0.2%

(8) 大飯一号機 14.4%

(9) 大飯二号機 1.2%

3 スリーブ補修

伝熱管に損傷が発見された場合には、原則としてスリーブ補修がされる。スリーブ補修とは、伝熱管の損傷が発見された箇所に内側からさや(スリーブ)を当てる補修方法である。

4 予防的スリーブ施工

高浜二号機では、損傷が検出されていない伝熱管の箇所に対しても、予防的なスリーブ施工を行っている。これは、損傷が発見された伝熱管につき、その損傷箇所以外の場所に行うものと、およそ損傷が発見されていない伝熱管につき、定期検査期間の有効活用という観点から作業効率を考えて伝熱管を選定して行うものとがあるという。

5 耐圧・漏洩検査

定期検査において、施栓、スリーブ補修の完了後、原子炉の起動に先立ち、伝熱管からの漏洩がないことを確認するために行う検査である。蒸気発生器の二次側から行う検査は、蒸気発生器二次側に水を張り、蒸気発生器一次側は空にした状態で蒸気発生器二次側から圧力(約五〇気圧)加えて、蒸気発生器一次側水室への漏洩のないことを確認する検査である。蒸気発生器の一次側から行う検査は、一次系に水を張った後、一次系の圧力を上げることにより一次系と蒸気発生器二次側の圧力差を通常運転時の圧力差の約1.4倍まで増大させたうえで、蒸気発生器二次側への漏洩のないことを確認する検査である。

四これまでに行われた試験及び実験

1 内圧強度に関する破断試験(〈書証番号略〉)

内圧強度に関する破断試験の結果によると、伝熱管に長さ二〇mmの減肉又はSCCの形態の損傷があった場合、減肉又は損傷の深さが五〇%であれば、内圧による破断圧力は約二五七気圧であり、これは運転時の一次側と二次側の差圧約一〇〇気圧に対して、約2.6倍の裕度を有すると評価されている。また、内圧による破断圧力は、同様の減肉又は損傷であると仮定した場合に、深さが四〇%であれば約三〇〇気圧、六〇%であれば約二一〇気圧、八〇%であれば約一一〇気圧であると評価されている。さらに、減肉又は損傷の長さが五〇mmの場合については、深さが四〇%であれば約二八〇気圧、深さが六〇%であれば約一九〇気圧、深さが八〇%であれば約一〇〇気圧であると評価されている。

2 外圧強度に関する圧壊試験(〈書証番号略〉)

外圧強度に関する圧壊試験の結果によると、伝熱管に長さ二〇mm、深さ五〇%の減肉があった場合でも、外圧による圧壊圧力は約一八〇気圧であり、これは一次冷却材喪失時を仮定した場合の二次側からの外圧約五八気圧に対して、約3.1倍の裕度を有すると評価されている。また、外圧による圧壊圧力は、同様の長さの減肉であると仮定した場合に、深さが四〇%であれば約一九〇気圧、六〇%であれば、約一七〇気圧、八〇%であれば約一六〇気圧であると評価されている。さらに、減肉の長さが五〇mmの場合については、深さが四〇%であれば約一六〇気圧、深さが六〇%であれば約一四〇気圧、深さが八〇%であれば、約一〇〇気圧であると評価されている。損傷があった場合についての外圧強度に関する圧壊試験の結果は発表されておらず、試験が実施されたのかどうかは不明である。

3 IGAの発生条件に関する実験(〈書証番号略〉)

(一) 水酸化ナトリウム濃度との関係

IGAの発生と水酸化ナトリウムとの関係に関する実験によると、水酸化ナトリウムの濃度が0.4%未満であれは、IGAは発生せず、0.4%を超えると発生がみられる。ただし、これは、IGAの発生に関して、水酸化ナトリウム濃度と電位との相関関係を示す実験であり、水酸化ナトリウム濃度が0.4%から四%と濃くなるに従って、広い電位の範囲でIGAが発生することはわかるが、そのことと、IGAがより多数発生するということとが結びつくのかということは、この実験からはわからない。この実験でわかることは、水酸化ナトリウム濃度が0.4%未満であれば、どのような電位であってもIGAは発生しないということである。

(二)  水質のpHとの関係

IGAの発生と水質のpHとの関係に関する実験によると、IGAが発生するためには、三〇〇℃であればpH一二程度であることが必要であり、発生限界はpH一〇程度であるとされている。また、同実験結果によると、電位が高い場合には、pH二程度でIGAが発生することが示されている。

4 IGAの進展速度に関する試験

(一) 水質のpHとの関係(〈書証番号略〉)

インコネル六〇〇の腐食速度とpHとの関係に関する実験が、硫酸、硫酸ナトリウム、水酸化ナトリウムを用いて行われている。この実験によると、インコネル六〇〇の腐食速度は、アルカリ性条件のもとで加速され、臨界pH値は約九ないし一〇であった。また、pHが四ないし九のほぼ中性の条件では、腐食速度に対する著しいpH依存性は認められなかった。

また、IGAの進展速度とpHとの関係についての実験が水酸化ナトリウムとほう酸を用いて行われたが、その結果によると、pH五ないし八のレベルでは、IGAの進展速度が一時間あたり一〇のマイナス五乗ないしマイナス六乗mm程度であり、pHが九を超えると、IGAの進展速度が一時間あたり一〇のマイナス四乗mm程度となることが示されている。

この実験は、実際の伝熱管に小さなIGAを作り、これをモデル蒸気発生器に入れ、温度、圧力、水の環境を実際の蒸気発生器と同じにして行われているという(梶井)。

しかし、この実験は、実機の場合と比べると、①いろいろなpHの環境を作るために、実際の二次冷却材を使用せず、実機より多くの苛性ソーダを入れたものを使用している、②実機では、伝熱管の外側にIGAが発生しているのに対し、この実験では、伝熱管の内側にIGAを作り、同じく伝熱管の内側に実験液を注入している、③実機では、IGAの発生箇所である伝熱管外側とは反対側である内側から差圧がかかっているが、この実験では、IGAが発生したのと同じ側である伝熱管の内側から加圧している、という差異がある。伝熱管の内側にIGAを作り内側から圧力をかけるという点は、外側にかかる応力と内側にかかる応力とでは、内側にかかる応力がやや大きいから(梶井)、その点では、この実験の方が実際の場合より進展速度が遅い値になるとはいえないが、その他の相違点を考慮したとき、この実験の値以上の進展速度にならないという保証はないと考えられ、その点で、この実験結果から、IGAの進展速度がこの実験における進展速度以上になることはないと考えることはできないというべきである。

そもそも、この実験はIGAの進展挙動に対するpH依存性を検討するためになされた実験であり、そこに表れている一時間当たりの進展速度は、各試験片についての進展速度を出したものではなく、試験片についての試験前のIGAの深さの平均と試験後の深さの平均とを試験時間で除した平均進展速度であって、各試験片のうち最も速度の速かったものがどの程度かは明らかではない。

(二) ボロンソーキングによる耐食性の実験(〈書証番号略〉)

インコネル六〇〇にボロンソーキング(ほう酸浸漬け)をした場合の耐食性の実験結果によると、ほう酸濃度が一〇ppmの場合と一〇〇ppmの場合とでは、交流インピーダンス法による分極抵抗の値が約一桁異なるという結果が出た。その理由は明らかではないが、表面を覆っているニッケルーボロン(ほう素)化合物の金属被膜の溶解度によるものであろうと推測されている。

(三) ボロンソーキングの有無及びK値(応力拡大係数)とIGAの進展速度との関係(〈書証番号略〉)

インコネル六〇〇のIGAの進展挙動に及ぼすボロンソーキングの効果を調べるため、インコネル六〇〇の伝熱管の内面に放電によって、長さ一〇mm、幅を0.2mm以下、0.4mm、深さを0.2mm以下、0.4mm、0.6mm、0.9mm(伝熱管の約七〇%の深さ)のスリットを入れたものについてカプセル試験をしたところ、ボロンソーキングを行ったインコネル六〇〇(五〇〇ppmのほう酸に一〇〇時間漬けたもの)とボロンソーキングを行っていないものとを、三三〇℃の四〇%水酸化ナトリウムとほう酸(ほう素とナトリウムのモル比が二)の溶液の中に入れて進展挙動を捉え、それとK値(K値は、損傷の長さ、深さによって変動する数値であり、長さ、深さの値が大きくなるとK値も大きくなる。)との関係を見ると、K値が一〇ないし三〇のものについては、ボロンソーキングを行ったものの方がIGAの進展速度は遅いという結果が判った。ただし、いずれにしても一時間当たり一〇のマイナス五乗mm程度であり、一桁の差はない。これに対し、K値が三〇を超えるものについては、ボロンソーキングの有無によって、明らかな差異が見出せない。すなわち、ボロンソーキングを行っていないものについては、K値が高い方が低いものよりやや進展速度が速くなるものもあり、進展速度の速いものでは一時間当たり一〇のマイナス四乗mmに近づいているのに対し、ボロンソーキングを行ったものについては、一時間当たり一〇のマイナス四乗からマイナス六乗mmまでのばらつきがあり、K値が高くなるにつれてかなり進展速度が速くなる傾向が出ているが、ボロンソーキングを行ったものの方が行っていないものより一般的に進展速度が遅いという傾向は認められない。

このカプセル試験による実験では、伝熱管にかかる応力をどのように設定して行っているのかが明らかでない。三三〇℃の溶液というのであるから、相当程度の圧力の溶液の中に入れているとみられるが、伝熱管の内側と外側との差圧がどの程度だったのかということがわからない。そして、それがわからない限り、この実験の評価もはっきりしないことになると思われる。ただ、この実験からすると、IGAの進展速度は割れの長さや深さによっても相当異なり、また、ボロンソーキングを行っていても、K値が三〇程度で一時間当たり一〇のマイナス四乗mm程度の進展速度とみられるものがあったということからして、ある程度の長さ、深さを超える損傷については、ボロンソーキングがIGAの進展速度を遅くする十分な効果を有しないということを示していると考えて差支えない。

(四) モデルボイラ試験(〈書証番号略〉)

IGAの進展に及ぼすボロンソーキングの効果を調べるために、モデルボイラ試験として、大飯一号機の現地に設置した実機モデルボイラ試験と三菱重工高砂研究所の二種類のモデルボイラ試験が行われている。いずれも伝熱管の管支持板部の領域にアルカリ性条件でIGAの予きれつを入れ、大飯一号機の蒸気発生器ブローダウン水を使用し、稼働中の蒸気発生器の高温側と同じ熱水圧条件で実験したものであり、実機モデルボイラ試験では五ないし一〇ppmのほう酸水に七六四四時間、三菱重工高砂研究所のモデルボイラ試験では五ないし一〇ppmのほう酸水を使用したものとそうでないものとの二種類につき合わせて八七六六時間行った結果、実機モデルボイラ試験ではIGAの先端のボロン量が0.1を超えるものもあるが、ボロン量が0.1以下のものが多く、ボロン量が0.1以下のものでもIGAの進展速度は一時間当たり一〇のマイナス五乗mmから約4.8×10のマイナス五乗mmの間においてばらつきが見られ、なかにはボロン量が0.1を超えるものであっても、ボロン量の0.1以下のものより進展の速いものがあること、三菱重工高砂研究所のモデルボイラで五ないし一〇ppmのほう酸水を使用した試験では、IGAの先端のボロン量がほぼ1.0の前後でIGAの進展速度も一時間当たり一〇のマイナス五乗mm以下であるが、五ないし一〇ppmのほう酸水を使用しなかった試験では、ボロン量は極めて少なく、IGAの進展速度は一時間当たり一〇のマイナス五乗mmから5.6×10のマイナス五乗mmの間にばらつきが見られた。これらから、全体として、IGA先端のボロン量が多ければ進展速度は一時間当たり一〇のマイナス五乗mm以下であり、IGA先端のボロン量が少なければ進展速度にばらつきがあるが、ボロン量が多い場合よりも進展速度は速くなるという結果が出ている。

(五) 実験結果の総括

右の各実験結果から、実験担当者は、インコネル六〇〇のIGAの進展はアルカリ性条件下で加速され、中性のpH条件下では明らかな依存性はないが、ゆるやかな進展は起こり得るとし、もしIGAの先端でニッケルーボロンの化合物が形成されると、IGAの進展速度が遅くなることが期待されると総括している。

五美浜二号機事故における伝熱管破断(〈書証番号略〉)

1 事故の概要

美浜二号機事故は、平成三年二月九日に発生した蒸気発生器伝熱管破断事故であり、低温側第六管支持板の上端部における円周方向の完全破断であった。

2 破断管及び周辺管の状況

(1) 第六管支持板と破断管との隙間には、スケール(水あかやさび等)が詰まり、管支持板部で伝熱管が拘束されている状態(固定支持)であった。

(2) 破断管には、IGAやSCCを示唆する明瞭な粒界破面は認められなかった。

(3) 主起点部(亀裂が発生し進展に至った部分)近くの破面には、伝熱管材料であるインコネル材の低速度伝播疲労破面の特徴である立体モザイク模様が認められた。

(4) 主起点部から一〇度程度以上離れた亀裂伝播部には、疲労破面の特徴であるストライエーション(縞模様)が明瞭に認められた。

3 破断の原因

破断の原因に関する通産省及び原子力安全委員会の判断は、次のとおりである。

(1) 当該蒸気発生器は、振止め金具が設計どおり挿入されていなかったが、運転開始当初の管支持板部は伝熱管を間隙支持する状態で、流力弾性振動が生じることはなかった。

(2) その後の運転継続により、最上段管支持板部のクレビスが閉塞し、伝熱管を管隙支持する状態から固定支持する状態へ移行した。

(3) 伝熱管の固定支持への移行に伴い、破断管に流力弾性振動が発生し、伝熱管に曲げ応力が繰り返し作用した。

(4) 伝熱管は、最上段管支持板部でのクレビス部閉塞に伴う面圧と流力弾性振動による曲げ応力の繰り返しにより、フレッチング疲労亀裂が発生した。フレッチング疲労とは、物体が別の物体に接触し面圧を受けた状態で、繰り返し荷重を受けた場合、接触部で相対すべりが発生し、これにより生じる疲労現象である。

(5) 発生した微小な亀裂は、振動により徐々に進展し、初期のころは進展速度が遅いため、亀裂の成長には長時間を要したが、破断当日の漏洩時に伝熱管の管厚を貫通し、急激に円周方向に伝播して円周破断に至ったものである。

(6) なお、流動励起振動解析の結果によると、伝熱管に振動を起こさせる要因としては、①一次冷却材の流れによる不安定振動、②二次冷却材の流れによるカルマン渦による振動、③二次冷却材の流れによるランダム振動、④二次冷却材の流れによる流力弾性振動が考えられるが、①、②の発生の可能性はなく、③のランダム振動の振幅は小さくて無視し得るものであり、流力弾性振動解析の結果から、破断管は、流力弾性振動による高サイクル疲労により破断したものである。

六本件伝熱管の状況

1 これまでに発見されている損傷形態(梶井)

被告は、本件伝熱管において発見された損傷の形態はすべてIGAであり、これは、抜管検査によって確認されているという。抜管検査は、ECTによって損傷の発見された伝熱管を抜き取ったうえ、損傷の発見されている部分を切り取り、その損傷部分を顕微鏡で観察するという方法によるものであり、現在までに二〇本程度行われている。

もっとも、純粋のIGAのみということは、実際にはなく、何らかの形で応力も関係しているとみるべきものであり、その意味で、SCCの性質も有している。すなわち、IGAは、応力がなくても環境が悪ければ発生するが、それが進展していくためにはどれだけかの応力が必要となる。応力が支配的な状況のもとで発生するのが純粋のSCCであり、純粋のIGAと純粋のSCCとの間に両方の性質を有するものが段階的に存在する。これがIGSCCである。高浜二号機の損傷形態は、IGAとして発生し、応力もある程度作用してその損傷が進展していくという意味で、純粋のIGAに近い所にあるIGSCCであるということができる。

また、円筒型の伝熱管の場合、伝熱管にかかる応力は内圧によるものが一般的なものであるが、内圧による応力は、伝熱管を円周方向に引っ張る力と軸方向に引っ張る力の比が二対一であるため、損傷は管軸方向に発生しやすい。

高浜二号機において漏洩が生じた伝熱管で発見されている損傷の形態は、伝熱管二次側から伝熱管の管軸方向に生じたIGAであり、それ以外の損傷は発見されていない。IGAのような電気化学的腐食反応は、温度が高いほどその反応の促進効果があるとされており、蒸気発生器の伝熱管では高温側の管板部が最も高温条件となり一次冷却材の流れに従って温度が低下することから高温側の管板部及び第一ないし第三管支持板部にIGAが集中しやすいといわれており、漏洩が生じていない伝熱管について発見されたIGAの箇所は、伝熱管の高温側管板上面直下部及び高温側第一ないし第三管支持板部のみであり、割れの方向はすべて管軸方向の損傷である。

なお、高浜一号機の伝熱管の損傷形態は高温側管支持板部、高温側管板拡管境界部、高温側管板拡管部等のIGAと小径U字部の損傷(その損傷形態は不明)である(〈書証番号略〉)。

2 高浜二号機におけるIGAの発生原因についての被告の説明(梶井)

高浜二号機においては、管板支持板部及び管板上面直下部の伝熱管二次側からIGAが発見されている。被告は、その原因につき、建設時等の溶接残留物から生成した水酸化ナトリウム、又は二次系統補給水から持ち込まれた水酸化ナトリウムが、管板や管支持板と伝熱管とのクレビス部(隙間部)でドライ・アンド・ウェット現象により局所的に濃縮され、pHの高いアルカリ性の環境が作り出されたことに加え、銅や鉄の酸化物が付着して電気化学的腐食電位が上昇し、強い腐食環境が形成され、IGAの発生に至ったものと判断している。

3 損傷本数と損傷発見時期

(1) これまでに発見された損傷本数

高浜二号機において、現在までに損傷が発見された伝熱管は約四〇〇〇本である。現在、施栓されている伝熱管は一六一〇本であり(これには、いったん施栓して抜栓したものを算入していない。したがって、およそ施栓したことのある伝熱管本数ということになるともっと多くなる。)、施栓率は15.8%である。またスリーブ施工をしている伝熱管本数は四四二五本であり、補修管の合計は六〇三五本となるから、補修率は59.4%である。スリーブ施工をしている伝熱管本数を、等価施栓本数に直すと、209.8本に相当する。したがって、現在の等価施栓率は、18.0%である(〈書証番号略〉)。

(2) 他の原発との比較

平成二年度末までに損傷が発見された伝熱管の本数を被告の原子力発電所別に集計すると、次のとおりとなる。(〈書証番号略〉)。

運転開始時期 損傷本数

① 美浜一号機

昭和四五年一一月 一三三九本

② 美浜二号機

昭和四七年七月 四四一本

③ 美浜三号機

昭和五一年一二月 三八四本

④ 大飯一号機

昭和五四年三月 四六一三本

⑤ 大飯二号機

昭和五四年一二月 一六八本

⑥ 高浜一号機

昭和四九年一一月 五九七本

⑦ 高浜二号機

昭和五〇年一一月 三九二一本

⑧ 高浜三号機

昭和六〇年一月 二五本

⑨ 高浜四号機

昭和六〇年六月 二一本

(3) 損傷が発見された時期

(a) 高浜二号機における第五回定期検査時から第一二回定期検査時までの損傷の発見本数は、次のとおりである(〈書証番号略〉)。

検査期間

運転期間(月) 本数

第五回 56.11.19〜57.6.17

七・七    一九六本

第六回 58.3.22〜58.10.4

九・二    四〇二本

第七回 59.8.27〜60.5.10

一〇・八   五〇七本

第八回 61.3.28〜61.9.18

一〇・六   四二九本

第九回 62.9.14〜63.3.25

一一・九   六一三本

第一〇回 63.9.6〜元.6.21

八・四    一三三四本

第一一回 2.4.3〜3.2.5

九・四    五九八本

第一二回 3.3.21〜3.11.28

一・五    一六三本

なお、第一〇回定期検査は、昭和六三年八月一七日に発生した漏洩を契機としてされたものである。その際、検査により、漏洩管以外にも六二七本の伝熱管に異常信号があった。その原因は、二次側に使用していたりん酸ソーダが苛性ソーダの形で濃縮し、酸化性雰囲気と重畳したIGAであると考えられている。これにより、異常信号のあった伝熱管のうち、一九一本を施栓、四三七本をスリーブ補修し、付着物信号が認められた七〇六本の伝熱管につき、予防保全対策として、一九二本を施栓、五一四本をスリーブ補修した。また、施栓管のうち二一五本を抜栓して再使用することとした(〈書証番号略〉)。

(b) 平成四年九月一六日から第一三回定期検査が実施された。その時点で施栓されていない伝熱管は八五九三本であったが、そのうち三六五本について損傷が発見され、うち二七八本についてはスリーブ補修が、八七本については施栓がされた。また、同定期検査においては、過去に予防保全的に施栓した四八本の伝熱管について抜栓し、スリーブ補修を行って再使用することとし、損傷防止対策として四三一本の伝熱管につき予防保全スリーブ施工をした。したがって、スリーブ施工は、この定期検査で合計七五七本についてされた(〈書証番号略〉)。

4 振止め金具の是正措置(梶井)

美浜二号機事故後の平成三年三月、高浜二号機の振止め金具の挿入状況を実地調査したところ、三基の蒸気発生器で、それぞれ、四本、四本、一本、合計九本の振止め金具が設計挿入範囲に比べ一段挿入不足であることが判明した。そこで、被告は、振止め金具を設計どおりの範囲まで挿入するために振止め金具を改良型振止め金具に取り替えるとともに、設計どおりの範囲まで入っていなかったことが確認された振止め金具の両隣の一八本の伝熱管全部を施栓して使用しないこととした。

七本件伝熱管の漏洩事象(梶井)

1 昭和六〇年二月一八日

伝熱管の高温側管板上面直下部において、IGAが伝熱管の管厚方向にかなりの深さに進展していたが、開口幅が非常に小さかったため、第七回定期検査時のECTで発見できず、調整運転(定期検査の最終段階で、プラントの性能を確認するために行う運転)中に、三基の蒸気発生器から各三本、合計九本の伝熱管においてIGAが貫通し漏洩に至ったものである。二次冷却材中の放射性物質の有無をチェックする放射線モニタ(復水器空気抽出ガスモニタ)の指示値にわずかな上昇があったため、原子炉の手動停止等の措置がとられ、一次冷却材の蒸気発生器二次側への漏洩の程度は、0.1l/時であった。

その後、被告においては、定期検査時のECTの実施前に一次系と蒸気発生器二次側の圧力差を通常運転時の約1.4倍とし、IGAを顕在化させることにより、ECTによるIGAの発見能力を向上させることとしている。ただ、ある程度深い傷があると、加圧することによって拡がったものが、圧力を下げても元に戻らず、歪みとして残って傷口が広くなるという副作用もある。

2 昭和六三年八月一七日

一基の蒸気発生器の伝熱管の高温側管板上面直下部において、IGAが伝熱管の管厚方向にかなりの深さに進展していたが、IGAの存在を示す信号(損傷信号)が、伝熱管に付着していた金属銅等による信号(付着物信号)によって隠されたため、第九回定期検査時のECTで発見できず、運転中に、一本の伝熱管においてIGAが貫通し漏洩に至ったものである。二次冷却材中の放射性物質の有無をチェックする放射線モニタ(復水器空気抽出ガスモニタ及び蒸気発生器プローダウン水モニタ)の指示値にわずかな上昇があったため、原子炉の手動停止等の措置がとられ、一次冷却材の蒸気発生器二次側への漏洩の程度は、0.5l/時であった。

このとき漏洩に至った損傷は二つあり、傷の長さは、一つが伝熱管外側で約三五mm、内側で約二五mm、もう一つが、伝熱管外側で約一五mm、内側で約一〇mmであった(〈書証番号略〉)。また、その外、一箇所に漏洩に至らなかった損傷があった。

その後、被告においては、付着物信号が認められる箇所について、管支持板等の支持構造物による電気信号、付着物信号の影響をとり除くため、三つの違った周波数の交流電流による信号を演算処理する方法(三周波演算法)により、損傷信号を発見することとしている。

八本件伝熱管の破断の危険性

1  IGAの影響

(一)  存在するであろうIGA

(1)  梶井証人は、IGAの発生原因につき、建設時等に溶接作業に用いられていた溶接棒の被覆材が高温水中で分解すると、その溶液中にナトリウムが含まれるので、運転開始初期の溶接スラグ中のナトリウムがイオン化して二次冷却材に溶け出し、かなりの量の水酸化ナトリウムとして二次冷却材中に持ち込まれたことが原因であると証言する。また、同証人は、高浜一号機のIGAの発生本数(約七〇本)との差につき、①高浜一号機においては、運転開始当初約一年間、りん酸塩(りん酸ナトリウムとりん酸水素ナトリウム)による二次系水処理を行った後、腐食減肉対策として、二次系水処理をりん酸塩処理から揮発性薬品処理(AVT)に変更したので、りん酸塩中のりん酸水素ナトリウムが水酸化ナトリウムを中和し、水酸化ナトリウムの生成を抑制する作用をして、高浜一号機ではIGAがほとんど発生しなかった、②これに対し、高浜二号機では、出力運転前の約一か月間のみりん酸塩処理をし、その後はすべてAVTを使用していたため、水酸化ナトリウムとの中和によりその生成を抑制すべきりん酸水素ナトリウムが十分に存在しなかったことから、水酸化ナトリウムの生成を抑制することができず、IGAが多数発生した、③高浜二号機で現在発見されているのは、運転開始初期に発生したIGAが進展したものであって、その後は二次系の水質管理により環境改善がされ、新たなIGAが発生しているわけではないと証言する。

(2)  確かに、IGAの発生と水酸化ナトリウム濃度との関係に関する前記実験(四3(一))によると、水酸化ナトリウムの濃度が0.4%未満であればIGAの発生はないという結果が出ているが、①昭和四九年から昭和五二年にかけて運転を開始した高浜一号機、玄海一号機、本件の高浜二号機、美浜三号機、伊方一号機の原子炉施設はすべて同じ蒸気発生器の51型を使用しており、それらにはIGAの発生が他の型式に比べて格段に多く、また、右のうち被告の発電設備である高浜一号機、高浜二号機、美浜三号機のうちでも高浜二号機が特に多く、高浜二号機の翌年である昭和五二年に運転を開始した美浜三号機のIGA検出本数と比べてもはるかに多いことが認められ(〈書証番号略〉)、また、②前記高浜二号機におけるIGAの検出本数及び51型蒸気発生器のIGAの検出本数の推移(〈書証番号略〉)と前記三1の被告のIGA対策とを対比すると、昭和五六年に51型蒸気発生器伝熱管の多数(四二九本)にIGAが検出され(高浜二号機の昭和五六年一一月から昭和五七年六月までの第五回定期検査では一九六本)、被告はその対策として温水洗浄等を行ったが、昭和五九年には同型の蒸気発生器伝熱管八九六本(高浜二号機の昭和五九年八月から昭和六〇年五月までの第七回定期検査では五〇七本)のIGAが検出され、被告はさらに復水脱塩装置の設置、二次冷却材中へのほう酸の注入と高ヒドラジン運転という対策を採ったが、それでも昭和六二年には同型のものに一〇六八本(高浜二号機の昭和六二年九月から昭和六三年三月までの第九回定期検査では六一三本)とIGAの発見本数は増加傾向を示し、起動前クリーンアップ強化(洗浄流量の増大)等の対策を講じたが依然としてIGAが検出されていることが認められるので、これらのことからすると、本件伝熱管に多数のIGAが発生している原因が運転開始時等の二次系水処理にあるという説明では十分とはいえない。

(3)  また、現在の二次冷却材の水質について、梶井証人は、高浜二号機の蒸気発生器内における二次冷却材はpH5.6前後と証言し、〈書証番号略〉は、①停止時のハイドアウト・リターンデータによるクレビス部のpHに関する評価、②実機(大飯一号機)のモデルボイラを用いたクレビス部pHの直接測定という実験結果を根拠として、日本のPWRにおける現在の伝熱管クレビスのpHは、アルカリ性でも酸性でもなく、ほぼ、中性であると考えられることがわかったとしている。しかし、右①、②ともに、昭和六二年に公刊されたものであり、これに対し、平成五年に作成されたアメリカ合衆国原子力規制委員会原子炉規制局局長、原子力研究局局長作成の覚書に添付された資料(〈書証番号略〉)によると、近年、伝熱管二次側の全体的な水質を制御することには多くの成功をおさめてきているが、クレビス部の水質を制御することは極めて困難であるとされている。

右の覚書添付資料をも前提にすると、梶井証人や〈書証番号略〉がいうように、二次系、特にクレビス部のpHが5.6前後ないしほぼ中性と断定できるかということについては、相当の疑問がある。

(4)  高浜二号機では、これまでも管軸方向の損傷が多数発見されており、前示したECTの検出能力からみてもこれらの損傷でまだ発見されていないものがあることは間違いないと考えられる。これに対し、円周方向の損傷についてみると、梶井証人は、高浜二号機において、これまで円周方向の損傷は発見されていないことからしても、円周方向の損傷は存在しないと証言する。そして、前記のとおり、その根拠は、ECTによって損傷が発見されたもののうち約二〇本について、抜管し、その損傷部分を切り取って調べた結果、それはすべて管軸方向の損傷だったというところにある。しかし、ECTが円周方向の損傷を検出できていないとすると、これまでにECTで発見された損傷がすべて管軸方向の損傷であったからといって、円周方向の損傷が存在しないということの証明にはならない。そして、前記のとおり、現在、被告が使用しているボビンコイルは、円周方向の損傷についてさほど検出能力がない。そうとすれば、円周方向の損傷が存在しないということではなく、それが発見されていないに過ぎないという可能性も十分考えられることになる。

(5)  以上、要するに、IGAの発生原因、二次系水質の状況、IGAの損傷形態についての被告の説明は、十分な根拠があるとはいえない。

(二)  損傷の進展速度

(1)  IGAの進展速度とpHとの関係についての実験(四4(一))は前記のとおりであり、これを基にして、伝熱管クレビス部のpHが梶井証人の証言するとおり5.6付近であるとすると、IGAの進展速度は一時間当たり一〇のマイナス五乗mm程度であることになる。そして、定期検査時から次の定期検査時までの運転時間を約七〇〇〇ないし八〇〇〇時間とすると、IGAはその間にせいぜい0.1mm程度しか進展しないことになる。そうすると、伝熱管の管厚は約1.27mmであるから、ECTの検出能力が梶井証人のとおりとすれば、管厚の四〇%程度の割れとなっているIGAがあったとしても、次回の定期検査時までにその深さはせいぜい五〇%程度までにしか進展せず、漏洩に至ることはない筈である。

問題は、それが十分に保証されているかということである。

伝熱管クレビス部のpHが5.6前後ないしほぼ中性と断定できないことは前記のとおりである。また、右のIGAの進展速度とpHとの関係についての実験は、進展速度そのものを測定することを目的としたものではなく、pHとの関係についての傾向を見ることを目的としたものであり、そこで実験結果として示されている数値も、実験において得られた結果の平均値であって、進展速度の最大値ではない。しかも、右実験の条件は、実機の場合と異なる部分があるので、その差が実験の場合より進展速度を促進する方向に働き得る場合には、実験の結果より進展速度が速くなることになる。さらに、IGAの進展速度は、実験室において、材料、圧力、温度を同じにしても、容易に差がでるのであり、まして、運転中の実機においては、蒸気発生器内部の状態がより複雑であり、温度、熱流体状況、クレビス部の条件、応力等に相当の差異が生じるので、その結果として、損傷の進展速度についても、実験室におけるよりさらに大きな差が生じると考えられる(〈書証番号略〉)。進展速度が損傷の長さや深さによって異なることも前記のとおりである(四4(三))。

そして、これらのことからすると、四〇%程度の割れとなっているIGAが次期定期検査時までに進展したときに、それが五〇%未満の割れにとどまるという保証はないといわなければならない。

現に、前記モデルボイラ試験における大飯一号機の蒸気発生器ブローダウン水を使用した実機モデルボイラ試験では進展速度が一時間当たり最大約4.8×10のマイナス五乗mmと相当速いものがある。右値をとれば、一年(八七六〇時間)で約0.42mm、伝熱管の管厚の約33.1%、三〇〇日(七二〇〇時間)とすれば約0.346mm、伝熱管の管厚の約27.2%進展することになるので、仮に、伝熱管の管厚の四〇%のIGAをECTで検出可能との前提をとったとしても、右の数値だけで、ECTにより検出できなかった四〇%未満の損傷が約七三%から約六七%の損傷に進展する可能性があるとの計算になる。しかも、損傷が深くなれば進展速度も速くなる実験結果(四4(三))もあるので、右の数値よりも大きいIGAの進展が見られる可能性さえあることになる。

(2)  また、二次系には高濃度のほう酸が注入されており、前記ボロンソーキングによる耐食性実験(四4(二))から、これにより腐食に対する対食性が改善されることが期待されている。そして、IGAも腐食割れであり、腐食特性がボロンソーキングによって影響されるのであれば、IGAの進展速度もボロンソーキングによって影響されるはずである。しかし、ボロンソーキングによって、実機の伝熱管におけるIGAの先端のボロン量がどの程度となっているかは明らかでない(この点について、梶井証人は、前記の実機モデルボイラ試験以後の実機におけるIGA先端のボロン量は極めて高くなっているから、右試験での一時間当たり最大約4.8×10のマイナス五乗mmというような進展速度はなく、現在はボロンソーキングにより一時間当たり一〇のマイナス五乗mm程度の進展速度であると証言しているが、実機におけるIGA先端のボロン量を実際に確認した資料とか実験結果は全くないので、その証言だけで、実機における進展速度が同証人のいうとおりであると認めることはできない。)。しかも、深めの傷となるとボロンソーキングの効果は明確でない(四4(三))。したがって、ボロンソーキングをしているからといって、ECTで検出されなかったIGAの進展速度が一様に著しく遅くなるということはできず、IGAの形状によっては、ボロンソーキングがされていない場合と同様に進展することも否定できないというべきである。

(三)  通常運転による破断の危険性

前記(四1)のとおり、内圧強度に関する破断試験の結果によると、内圧による伝熱管の破断圧力は、伝熱管に長さ二〇mmの損傷があった場合、深さが六〇%であれば約二一〇気圧、深さが八〇%であれは約一一〇気圧であり、長さ五〇mmの損傷があった場合、深さが六〇%であれば約一九〇気圧、深さが八〇%であれば約一〇〇気圧である(もっとも、通常運転時の破断圧力を超えているため破断に至るはずの深さの損傷があっても、伝熱管が破断しないまま漏洩に至る場合もあるということは、過去の漏洩事象からも明らかであるので、右の数値を超えた損傷がある場合に、常に伝熱管が破断するということはできない。)。

ところで、右(一)、(二)で述べたところからすると、ECTにより検出できなかった四〇%未満の損傷のうちには、次期定期検査前までの三〇〇日ないし一年内に管厚の八〇%に達するものがあるとの可能性すら否定できないというべきである。そうすると、通常運転時における伝熱管にかかる内外の圧力差は約一〇〇気圧であるから、その圧力がその伝熱管にかかれば、伝熱管が破断する危険性を否定することはできないことになる。

2  IGA等の損傷を原因とする破断の形態

(1)  IGAは金属の結晶粒界が選択的に腐食される局部腐食の一形態であり、劣化現象の一つといえる。

そして、IGAは、応力と共存する状態では、IGAの亀裂先端に応力が集中して、そこから金属原子が溶解しやすくなって行く過程と金属材料の内部に腐食雰囲気が浸入して行く過程とが競合して亀裂が成長していくのであるから、伝熱管の損傷から破断に至る過程は伝熱管にかかる応力のかかり方に関係することになる。しかるところ、伝熱管にかかる内外の圧力差による応力の関係からすれば、円周方向にかかる応力の方が管軸方向にかかる応力よりも大きいため、一般的には割れの方向が管軸方向ということになりやすく、伝熱管の円周方向の破断ということにはなりにくいといえる。

(2)  金属は一定の応力の繰り返しの作用により定応力疲労を起こす。また、金属の一部に欠陥等により応力集中を生じるところがあると、局部的にその部分だけ一定の塑性ひずみの振幅をもつ疲労現象(定ひずみ疲労)を呈することがある。

前記美浜二号機の流動励起振動解析の結果(五3(6))によると、伝熱管内の流れによる不安定振動及び管外流のカルマン渦による振動の発生の可能性はなく、ランダム振動は無視し得る程度のものであり、また、振止め金具が設計どおりに挿入されていれば管外流による流力弾性振動が発生する可能性もないとされ、高浜二号機についての評価でもその発生の可能性はないとしている(〈書証番号略〉)。そうすると、本件伝熱管にIGAと疲労破壊との競合は考え難く、したがって、その競合による円周方向の破断というものは考えにくいことになる。

(3)  もっとも、本件伝熱管は管支持板部でスラッジが詰まって固定される状態ないし締めつけられている状態にあり(梶井、平井)、これによる応力も作用するなど、他の応力との競合によるIGAの進展ということも否定できないところであり、したがって、これらの点を考慮すると、円周方向の破断が生じ得ないということは相当でないというべきである。なお、被告は、本件伝熱管に円周方向の損傷が発見されていないから、円周方向の破断は生じないという。しかし、前記のとおり、円周方向の割れは、ECTの能力不足により検出されていないというだけかも知れないのであって、円周方向の割れが発見されていないということから、円周方向の破断が生じないという結論を導くことはできない。

3  評価基準事象との関係

(1)  安全評価審査指針

前記(第二の一4)のとおり、原子力安全委員会は、原子炉の設置許可・変更許可申請に係る安全審査における原子炉施設の安全評価の妥当性について判断する基準として安全評価審査指針を定めている。その基準は、原子炉の設置許可・変更許可申請の際の基準のみでなく、広く原子炉施設の安全評価をする際の基準として通用させなければならないものである。したがって、本件伝熱管の安全性を考えるときは、その安全性評価の判断基準として定める評価基準事象において、本件伝熱管の安全性を検討することは意味のあることというべきである。

(2)  伝熱管の圧力に関係する評価基準事象(〈書証番号略〉)

安全評価審査指針に掲げる事象のうち、伝熱管の圧力に影響を与えるものとしては、次のものがある。

(a)  主給水流量喪失(運転時の異常な過渡変化)

①原子炉の出力運転中に、主給水ポンプ、復水ポンプ又は給水制御系の故障等により、すべての蒸気発生器への給水が停止し、原子炉からの除熱能力が低下する事象を想定する。②原子炉は、定格出力に余裕を見た出力で十分長時間運転していたものとする。③二次冷却系の主給水ポンプ全台が、同時に停止するものと仮定する。

(b)  二次冷却系の異常な減圧力(運転時の異常な過渡変化)

①原子炉の高温停止中に、タービンバイパス弁、主蒸気逃がし弁等の二次系の弁が誤開放し、一次冷却材の温度が低下して、反応度が添加される事象を想定する。②原子炉は高温停止状態にあり、制御棒は全挿入されており、一次冷却材中のほう素濃度は、設計上許容される最小濃度であるものとする。③二次系の弁のうち減圧効果が最大となる弁一個が、全開になるものと仮定する。

(c)  主給水管破断(事故)

①原子炉の出力運転中に、給水系配管に破断が生じ、二次冷却材が喪失し、原子炉の冷却能力が低下する事象を想定する。②原子炉は、定出力に余裕を見た出力で十分長時間運転していたものとする。③主給水管一本が瞬時に両端破断し、その給水管が接続されている蒸気発生器の保有水が喪失するとともに、すべての蒸気発生器への主給水も、主給水管の破断発生と同時に喪失するものと仮定する。④外部電源は使用できないものとする。

(d)  主蒸気管破断(事故)

①原子炉の高温停止時に、二次冷却材の破断等により、一次冷却材の温度が低下し、反応度が添加される事象を想定する。②原子炉は高温停止状態にあるものとし、制御棒は全挿入されているものとし、一次冷却材中のほう素濃度は設計上許容される最低値であるものとする。③蒸気発生器からタービンに至る間の主蒸気管一本が、瞬時に両端破断するものと仮定する。④主蒸気管の破断に伴う蒸気発生器二次側の温度低下率は、蒸気発生器の構造等を考慮して、適切な余裕をもって高く評価しなければならず、外部電源はある場合とない場合について考慮する。

(3)  安全評価審査指針における判断基準

そして、安全評価審査指針は、右主給水流量喪失、二次冷却系の異常な減圧(運転時の異常な過渡変化)が発生した場合については、原子炉冷却材圧力バウンダリにかかる圧力が最高使用圧力(伝熱管についていえば、伝熱管内圧)の1.1倍以下、主給水管破断、主蒸気管破断(事故)が発生した場合については、原子炉冷却材圧力バウンダリにかかる圧力が最高使用圧力の1.2倍以下に止まる設計でなければならないとしている。

(4)  安全性の判断基準

そうすると、右の事象において、事故の場合は原子炉冷却材圧力バウンダリにかかる圧力の最大値は最高出力の1.2倍、運転時の異常な過渡変化の場合でもその圧力の最大値は最高出力の1.1倍まで許容しているのであるから、伝熱管もその圧力に耐え得るものでなければ、安全性は認め難いものということになる。

高浜二号機の通常運転時の伝熱管にかかる内圧は一五七気圧であるから、少なく見積もっても事故の場合は一八八気圧、運転時の異常な過渡変化の場合でも一七二気圧の圧力に耐え得るものでなければ、安全性評価においては安全性を欠くものということになる。

(5)  伝熱管の破断の危険性

そして、前記のとおり、IGAの進展速度に関する実験結果(四4)からしても、IGAによる損傷が管厚の六〇%ないし八〇%程度に進展していることは想定しておく必要があるから(1(二))、前記伝熱管強度の破断試験(四1)から見て、事故のときはもとより、運転時の異常な過渡変化の最大値である一七二気圧の差が生じた場合には破断の危険性があることになる。

4  結語

(1)  高浜二号機における伝熱管の損傷本数からみると、高浜二号機の伝熱管が望ましくない環境の下におかれていたことは疑いのないところであって、これまでに損傷が発見されていないため施栓やスリーブ補修のされていない伝熱管についても、損傷が既に発見された伝熱管と同じ環境の下にあったことからすると、そのような伝熱管も相当程度劣化しているであろうことは否定できないところである。

そして、管支持板部でさびなどにより伝熱管が締めつけられていると、それが原因となって腐食による疲労を促進する力すなわち応力が作用するが、高浜二号機のほとんど全部の伝熱管はスラッジが詰まって伝熱管が固定される状態ないし締めつけられている状態になっている。

金属腐食や振動による応力、圧力による応力等の各数値は、それぞれを個別にとってみると、伝熱管を破断させるに足りないものであるとしても、右の金属腐食や応力が重畳して作用する場合に、これにより伝熱管に作用する値を確定できるものでなく、しかも、右のとおり、伝熱管が相当程度劣化している状態のもとにおいては、応力等が伝熱管を破断させるにいたる危険性がないと断言できるものではない。

また、被告は、ECTにより事前にIGAを検出できると主張しているが、被告の実施しているECTの検査能力に限界があることは前記のとおりであるから、事前にすべての危険を防止することができるとはいい難い。

(2)  本件伝熱管については、前記のとおり、通常運転時であっても、伝熱管破断の危険性を否定できるものではないというべきである。まして、運転時の異常な過渡変化程度の事象が発生した場合に、伝熱管にかかる一次側と二次側との圧力差からすると、伝熱管が破断する蓋然性が高いといわなければならない。そして、運転時の異常な過渡変化という事象は、後記のとおり、安全評価審査指針においても、原子炉の寿命期間中に発生することが予想される事象であるとされているのであるから、このような事象を想定した場合に、伝熱管破断の蓋然性が高いのであれば、そのような伝熱管については、破断の危険性があるというべきである。

(3)  以上、要するに、本件伝熱管のうちには、被告の諸種の対策にもかかわらず、施栓・スリーブ補修等をしていない伝熱管で定期検査の網にもれ、破断が生じるものが存在する危険性を全面的に否定することはできない。

(4)  次に、本件伝熱管について瞬時に複数本破断する危険性があるか否か、特に三基の蒸気発生器のそれぞれの伝熱管が同時に破断する危険性があるか否かについて検討するに、破断の可能性がある伝熱管は一本に止まらず、複数本あると考えられ、かつ、それらの伝熱管はほぼ同じ環境下に置かれていることからすると、同時に複数本の伝熱管が破断する危険性があるようにも考えられる。しかし、環境がほぼ同一でも、伝熱管の損傷の箇所及び程度が全く同じで、かつ、その亀裂の先端に受ける応力の強さ等も全く同一であるということは極めて稀であるから、確率的に複数本が同時に破断する可能性は極めて小さいと考えられるので、複数本の伝熱管の振止め金具に装着ミスがあるとか、他に特別に大きな応力が一様にかかる等の特殊な条件が重ならない限り、直ちに本件伝熱管の同時複数本破断の危険性があるということは困難である。

しかるところ、本件伝熱管に右のような特殊な条件の発生を窺わせるに足りる資料はないから、複数本の伝熱管が同時に破断する危険性があるとまでいうことはできない。

Ⅱ  伝熱管が破断した場合の影響

一安全評価(〈書証番号略〉)

原子力の安全確保の基本は、放射性物質の放出による環境汚染の影響を防止することにある。発電用原子炉の安全設計及びその設計の妥当性を解析して評価する安全評価も、その目標を達成するためのものである。

1 安全評価とは

原子炉施設について、異常な事象を想定した場合の解析を行い、放射性物質の放出の可能性がある事象の場合には、周辺公衆に対する放射線被ばくの影響を評価して、安全性を確認することを安全評価という。安全評価には、原子炉施設の安全設計の基本方針に関する評価(安全設計評価)と、原子炉立地条件としての周辺公衆との離隔に関する評価(立地評価)とがある。前記のとおり、軽水炉の設置許可申請、変更許可申請に係る安全審査において、原子炉施設の安全評価の妥当性について判断する際の基礎を示すことを目的とした安全評価審査指針がある。この審査指針は、昭和五三年九月に原子力委員会が決定したもので、その後原子力安全委員会が設置され、現在適用となっている審査指針は、原子力安全委員会が平成二年八月に決定したものである。

2 安全評価の対象

安全評価の対象は、原子炉施設における故障、破損、誤作動等であるが、これは、次の二つに大きく区分される。

(1) 運転時の異常な過渡変化

原子炉の運転中において、原子炉施設の寿命期間中に予想される機器の単一の故障もしくは誤動作又は運転員の単一の誤操作、及びこれらと類似の頻度で発生すると予想される外乱によって生じる異常な状態に至る事象

(2) 事故

運転時の異常な過渡変化を超える異常な状態であって、発生する頻度はまれであるが、発生した場合は、原子炉施設からの放射性物質の放出の可能性があり、原子炉施設の安全性を評価する観点から想定する必要のある事象

3 安全評価の判断基準

(1) 運転時の異常な過渡変化

①炉心が損傷に至ることなく、かつ、②原子炉施設は通常運転に復帰できる状態で事象が収束される設計であることを確認する。

(2) 事故

①炉心の溶融あるいは著しい損傷のおそれがなく、②事象の過程において他の異常状態の原因となるような二次的損傷が生じなく、③放射性物質の放散に対する障壁の設計が妥当であることを確認する。すなわち、事象の発生によって、環境へ放射性物質が放出される可能性はあるものの、炉心は冷却され、周辺の公衆に対し著しい放射線被ばくのリスク(周辺の公衆の実効線量当量の評価値が発生事故あたり五ミリシーベルトを超えないことをめやすとする。)を与えないことを確認する。

4 安全評価の方法

(一) 評価基準事象の選定(〈書証番号略〉)

PWRにおいて、安全評価の対象とされている事象(評価基準事象)は、次のとおりである。

(1) 運転時の異常な過渡変化

(a) 炉心内の反応度又は出力分布の異常な変化

① 原子炉起動時における制御棒の異常な引き抜き

② 出力運転中の制御棒の異常な引き抜き

③ 制御棒の落下及び不整合

④ 原子炉冷却材中のほう素の異常な希釈

(b) 炉心内の熱発生又は熱除去の異常な変化

① 原子炉冷却材流量の部分喪失

② 原子炉冷却材系の停止ループの誤起動

③ 外部電源喪失

④ 主給水流量喪失

⑤ 蒸気負荷の異常な増加

⑥ 二次冷却材の異常な減圧

⑦ 蒸気発生器への過剰給水

(c) 原子炉冷却材圧力又は原子炉冷却材保有量の異常な変化

① 負荷の喪失

② 原子炉冷却材系の異常な減圧

③ 出力運転中の非常用炉心冷却系の誤起動

(d) その他原子炉施設の設計により必要と認められる事象

(2) 事故

(a) 原子炉冷却材の喪失又は炉心冷却状態の著しい変化

① 原子炉冷却材喪失

② 原子炉冷却材流量の喪失

③ 原子炉冷却材ポンプの軸固着

④ 主給水管破断

⑤ 主蒸気管破断

(b) 反応度の異常な投入又は原子炉出力の急激な変化

制御棒飛び出し

(c) 環境への放射性物質の異常な放出

① 放射性気体廃棄物処理施設の破損

② 蒸気発生器伝熱管破損

③ 燃料集合体の落下

④ 原子炉冷却材喪失

⑤ 制御棒飛び出し

(d) 原子炉格納容器内圧力、雰囲気等の異常な変化

① 原子炉冷却材喪失

② 可燃性ガスの発生

(e) その他原子炉施設の設計により必要と認められる事象

(二) 原子炉冷却材喪失及び蒸気発生器伝熱管破損についての判断基準(〈書証番号略〉)

(1) 原子炉冷却材喪失(LOCA)

「原子炉冷却材の喪失又は炉心冷却状態の著しい変化」としての評価基準事象としては、①原子炉の出力運転中に、原子炉冷却材圧力バウンダリを構成する配管あるいはこれに付随する機器等の破損等により、原子炉冷却材が系外に流失し、炉心の冷却能力が低下する事象を想定する。②解析条件等について、「ECCS性能評価指針」の要求を満足しなければならない。③判断基準としては、ⅰ炉心は著しい損傷に至ることなく、かつ、十分な冷却が可能であること、ⅱ「ECCS性能評価指針」に定める基準によることとする。

「環境への放射性物質の異常な放出」としての評価基準事象としては、①右で想定した原子炉冷却材喪失の際に、放射性物質が環境に放出される事象を想定する。②原子炉は、定格出力に余裕を見た出力で十分長時間運転していたものとする。③事象発生前の原子炉冷却材中の核分裂生成物の濃度は、設計上想定した燃料被覆管欠陥率を用いて計算された値とする。④この事象により、新たに燃料棒の破損が生ずると計算された場合は、破損する燃料棒の状況に応じ、核分裂生成物の適切な放出量を仮定するものとする。また、新たに燃料棒の破損が生じないと計算された場合には、核分裂生成物の追加放出量については、設計上想定した欠陥を有する燃料棒のギャップから、希ガス及びよう素が原子炉の圧力低下割合に比例して追加放出されるものとする。⑤この事象により、希ガス及びよう素は、原子炉格納容器内に放出されるものとする。燃料棒から原子炉格納容器内に放出されたよう素のうち、有機よう素は四%とし、残りの九六%は無機よう素とする。無機よう素については、五〇%が原子炉格納容器内部に沈着し、漏洩に寄与しないものとする。さらに、無機よう素が原子炉格納容器スプレイ水によって除去され、あるいはサプレッションプール水に溶解する効果を考慮することができる。この場合、除染率、気液分配係数等は、実験に基づく値とするか、あるいは十分な安全余裕を見込んだ値とする。有機よう素及び希ガスについては、これらの効果を無視するものとする。⑥原子炉格納容器からの漏洩は、原子炉格納容器の設計漏洩率及び「原子炉格納容器内圧力、雰囲気等の異常な変化」としての設計基準事象においてされた解析結果に基づき、原子炉格納容器内の圧力に対応した漏洩率を仮定して、評価するものとする。PWRにあっては、漏洩は九七%がアニュラス部で生じ、残り三%はアニュラス部外で生ずるものと仮定する。漏洩してきた核分裂生成物のアニュラス又は原子炉建屋内での沈着は、考慮しないものとする。⑦アニュラス又は原子炉建屋の非常用換気系等(フィルタを含む。)は、起動信号を明らかにし、かつ、十分な時間的余裕を見込んで、その機能を期待することができる。⑧ECCSが再循環モードで運転され、原子炉格納容器内の水が原子炉格納容器外に導かれる場合には、原子炉格納容器外において設計漏洩率での再循環水の漏洩があるものと仮定する。再循環水中には、③及び④と同量のよう素が無機よう素として溶解しているものとし、漏洩した場合のよう素の気相への移行率は五%、補助建屋又は原子炉建屋内での沈着率は五〇%と仮定する。⑨原子炉格納容器内の核分裂生成物による直接線量及びスカイシャイン線量については、原子炉格納容器内の核分裂生成物の存在位置及び原子炉格納容器等の遮へいを考慮して評価する。⑩事故の評価期間は、原子炉格納容器内圧力が、原子炉格納容器からの漏洩が無視できる程度に低下するまでの期間とする。⑪環境に放出された核分裂生成物の拡散は、「気象指針」に従って評価するものとする。⑫判断基準としては、周辺の公衆に対し、著しい放射線被ばくのリスクを与えないこととする。

「原子炉格納容器内圧力、雰囲気等の異常な変化」としての設計基準事象としては、①原子炉の出力運転中に、原子炉冷却材圧力バウンダリを構成する配管等の損傷により、原子炉冷却材が系外に流出し、原子炉格納容器内の圧力、温度が異常に上昇する事象を想定する。②原子炉は、定格出力に余裕を見た出力で十分長時間運転していたものとする。③原子炉冷却材圧力バウンダリを構成する配管一本が瞬時に両端破断するものと仮定する。なお、破断を仮定する配管及びその破断箇所は、原子炉格納容器内の圧力が最大となるように選定されなければならない。④事象発生と同時に、外部電源は使用できないものと仮定する。⑤判断基準としては、原子炉格納容器内温度が、最高使用温度を超えないことを確認した上で、原子炉格納容器バウンダリにかかる圧力は、最高使用圧力以下であることとする。

(2) 蒸気発生器伝熱管破損

①原子炉の出力運転中に、蒸気発生器の伝熱管が破損し、二次系を介して一次冷却材が原子炉格納容器外に放出される事象を想定する。②原子炉は、定格出力に余裕を見た出力で十分長時間運転中であり、原子炉圧力は、通常運転時の最高圧力であるものとする。③蒸気発生器の伝熱管一本が、瞬時に両端破断するものと仮定する。③蒸気発生器の伝熱管一本が、瞬時に両端破断するものと仮定する。④外部電源については、喪失する場合と喪失しない場合の双方について考慮するものとする。ECCSが自動起動する場合には、その動作は、一次冷却材の流出量を大きくするように仮定する。⑤事象発生前の一次冷却材中の核分裂生成物の濃度は、設計上想定した燃料被覆管欠陥率を用いて計算された値とする。⑥設計上想定した欠陥を有する燃料棒のギャップから、希ガス及びよう素が原子炉の圧力低下割合に比例して追加放出されるものと仮定する。⑦二次系に流出した希ガスは、全量が大気中に放出されるものとする。よう素については、気液分配係数一〇〇で蒸気とともに大気中に放出されるものとする。⑧破損した蒸気発生器の隔離に運転員の操作を要する場合には、操作に要する時間に十分な余裕を見込まなければならない。隔離後は、原子炉圧力は、運転可能な冷却系によって大気圧まで低下する時間又は二四時間のいずれか長い方の時間で、直線的に大気圧まで低下するものとし、隔離後の弁からは、設計漏洩率と温度、圧力によって定まる漏洩があるものとする。⑨環境に放出された核分裂生成物の拡散は、「気象指針」に従って評価するものとする。⑩判断基準としては、ⅰ新たに燃料棒の破損が生じないことを確認したうえで、ⅱ周辺の公衆に対し、著しい放射線被ばくのリスクを与えないこととする。

(三) 判断基準適用の原則

一つの事象に対し、復数の判断基準が適用される場合には、原則として、各判断基準ごとに、結果が最も厳しくなるように、解析条件を定めなければならない。ただし、解析条件を変えても、結果に与える影響が小さいこと、あるいは、他の判断基準が満足されることが明らかなことが示された場合には、最も厳しくなる一つの判断基準に対する解析条件で代表させることができる。

(四) 安全機能等に対する仮定(〈書証番号略〉)

解析に当たっては、想定された事象に加えて「事故」に対処するために必要な系統、機器について、原子炉停止、炉心冷却及び放射能閉じ込めの各基本的安全機能別に、解析の結果を最も厳しくする機器の単一故障を仮定した解析を行わなければならない。ここでいう「単一故障」とは、異常状態の発生原因としての故障とは異なるものであり、異常状態に対処するために必要な機器の一つが所定の安全機能を失うことをいい、従属要因に基づく多重故障を含むものである。事故に対処するために必要な系統、機器について、原子炉停止、炉心冷却及び放射能閉じ込めの各基本的安全機能ごとに、その機能遂行に必要な系統、機器の組合せに対する単一故障を仮定する。この場合、事象発生後短期間にわたっては動的機器について、また、長期間にわたっては動的機器又は静的機器について、単一故障を考えるものとする。ただし、事象発生前から動作しており、かつ、発生後も引き続き動作する機器については、原則として故障を仮定しなくてもよい。静的機器については、単一故障を仮定したときにこれを含む系統が所定の安全機能を達成できるように設計されている場合、その故障が安全上支障のない時間内に除去又は修復ができる場合、又は、その故障の発生確率が十分低い場合においては、故障を仮定しなくてもよい。

事象に対処するために必要な運転員の手動操作については、適切な時間的余裕を考慮しなければならず、運転員が的確な判断ができるような適切な情報が与えられてから、操作を開始するまでには、少なくとも一〇分間は時間的余裕を見込んだ評価を行う必要がある。

二蒸気発生器伝熱管の破断事故

1 想定されている事故収束過程(〈書証番号略〉、海老沢、辻倉)

(一) 原子炉のトリップ

伝熱管の一次側と二次側とでは、約一〇〇気圧の差があり、一次側の圧力が高い。伝熱管が破断すると、一次冷却材が二次側に流出するため、一次系の圧力が下がる。また、一次冷却材の量が減るため、加圧器の水位が下がる。一次系の圧力が一定値以下になると、原子炉が自動的にトッリプする。

(二) ECCSの作動

原子炉がトリップし、一定の設定値になると、ECCSの高圧注入ポンプが作動してほう酸水を炉心に注入する。

ECCSが作動しない場合、原子炉はやがて高温になり、炉心は露出する。そして、一二〇〇℃に達すると、燃料被覆管が水―ジルコニウム反応を起こし、炉心は崩壊し、溶融する。

ECCSには、伝熱管の破断口から流出した一次冷却材を補給することにより、①原子炉で発生した崩壊熱を除去し、②一次冷却材の喪失により下がった水位を回復して燃料棒の露出を防止する、という機能が期待されている。

(三) 損傷側蒸気発生器の隔離

損傷側の蒸気発生器からタービンに向かう二次側の主蒸気管に設けられた主蒸気隔離弁を閉止するとともに、自動的に作動していた補助給水ポンプによる給水を停止することによって、損傷側蒸気発生器を二次系から隔離し、ひいては、タービンを介して通じている健全側蒸気発生器から損傷側蒸気発生器を隔離する。

(四) 一次冷却材の冷却

健全側の蒸気発生器からタービンに向かう二次系の主蒸気逃がし弁を開き、健全側の蒸気発生器にある蒸気を大気に逃がし、二次系の圧力を下げる。これにより、二次系の飽和温度が下がるので、健全側の蒸気発生器において、二次冷却材の蒸発が促進され、蒸発による除熱により、一次冷却材の冷却が促進される。

(五) 一次系の減圧

損傷側蒸気発生器においては、一次冷却材が二次側へ流出している。これが続くと、二次系の圧力が高くなる。二次系は、その設計にあたって予定されている圧力が一次系に比べてはるかに低く、高い圧力に耐えられない構造となっているので、設定値より圧力が高くなると、自動的に安全装置が働いて主蒸気管に設けられている主蒸気逃がし弁が開き、蒸気を外に逃がすことになっている。一次冷却材には放射性物質が含まれている可能性があり、したがって、一次冷却材が大気に放出されることはできるだけ避けるべきであるので、二次系の圧力が高くなるのを防止する必要がある。そのために、一次系の圧力を下げなければならない。そこで、一次系の圧力を下げるために、一次系配管に接続してい加圧器逃がし弁を開き、加圧器内の蒸気を外に出すことによって、一次系の圧力を下げる。

この作業をするためには、(四)の作業により一次冷却材の温度が下がっていなければならない。一次冷却材の温度が十分に下がらないまま一次系の圧力を下げると、一次冷却材は飽和温度に達し、沸騰が起こる。沸騰が起こると、一次系の高温部である炉心、特に炉心上部において蒸気相が発生、拡大し、それによって、一次冷却材の循環が妨げられ、炉心の冠水が維持されなくなり、炉心の溶融を招くおそれが存在するからである。

(六) 加圧器逃がし弁の閉止

次の条件で加圧器逃がし弁を閉止して減圧を停止する。

(1) 加圧器の水位が加圧器水位高、原子炉トリップ設定点(九〇%)以上に上昇したこと

(2) 一次系の圧力が損傷側蒸気発生器二次側の圧力に等しくなったこと

(七) ECCSの停止

一次系の圧力と二次系の圧力とが一致し、一次冷却材が二次側に流出しなくなり、かつ、原子炉が十分に一次冷却材で冠水していれば、ECCSを止める。すなわち、一次系と二次系が同圧になったのち、一次系の圧力が少なくとも五気圧上昇し、加圧器水位が水位計の範囲に回復し、サブクール度(飽和温度と実際の温度との差)が二〇℃以上の状態にあることを確認して停止する(〈書証番号略〉)。

2 小LOCAとしての特殊性

伝熱管の破断は原子炉冷却材圧力バウンダリが破損して一次冷却材が流出する事象であるからLOCAの一形態であり、その破断口径は最大でも伝熱管の口径である約二〇mmであるから、いわゆる小LOCAの場合にあたる。

なお、伝熱管の破断による一次冷却材の流出は、プラント計算機の計数率高注意信号の発信により、各計器の動向を注視し、蒸気発生器二次側器内水を採取して放射能濃度の分析をすることにより検知する。

(1) 伝熱管を用いての一次冷却材の冷却

小LOCAでは、一次系の圧力が低下するものの、比較的高圧のまま推移するので、ECCSのうち蓄圧注入系及び低圧注入系は作動せず、高圧注入系のみが作動する。この場合、ECCSの作動だけでは放射能の発熱を除去できないので、一次冷却材の温度は上昇する。小LOCAの場合には、健全側蒸気発生器を用いて二次冷却材を介しての一次冷却材の冷却が必要となる。

(2) 運転員の操作の重要性

小LOCAは、大LOCAに比べて、運転員は多くの操作を要求される。そして、運転員の操作の的確性によってECCSの有効性が決まる。運転員の操作が要求されるのは次の場面である(海老沢、辻倉)。

(a) 前記のとおり、ECCSからの冷却水の注入だけでは、放射能による発熱の除去に不十分であるので、健全側蒸気発生器の伝熱管を通しての二次系による一次系の冷却をする操作が必要である。具体的には、損傷側ループの主蒸気隔離弁を閉じ、補助給水を停止させ、健全側ループの主蒸気逃がし弁を開く等の操作である。

(b) 一次系を制御するために、充填ポンプの起動や加圧器逃がし弁の操作並びにその解除の操作が要求される。

(c) 一次系の減圧や二次系の隔離等の操作が必要である。

(d) 自動的に起動したECCSを適当な時期に停止させる操作が必要である。ECCSを停止させる条件は前記のとおりである(1(七))。

3 環境汚染に対する特殊性

伝熱管が破断した場合、一次冷却材に放射性物質が含まれていると、一次冷却材に含まれている放射性物質が破断部分から二次系に流出し、格納容器外に放出されることになる。

この場合に、主蒸気逃がし弁が開くと、そのまま放射性物質が大気に放出されることになる。

4 安全解析(辻倉)

(一) 解析条件

安全評価審査指針は、蒸気発生器伝熱管破損を、「環境への放射性物質の異常な放出」という観点から評価基準事象と定めている。伝熱管破損は、伝熱管の破損により、一次冷却材に含まれる放射性物質が二次側へ流出し、二次冷却材の蒸気とともに環境中へ放出されるという事象であることから、被告の安全解析においては、一次冷却材中の放射性物質の量、一次冷却材が二次側へ流出する量、二次冷却材の蒸気とともに放射性物質が環境中へ放出される量のそれぞれがより多くなるように次の仮定をおき、その条件のもとに安全解析を行っている(辻倉)。

(1) 通常運転中に、燃料被覆管の一%が既に損傷しているという仮定をおき、これにより、放射性物質が燃料被覆管内から出て一次冷却材中に存在することとし、一次冷却材中の放射性物質の量を多く見積もっている。

(2) 伝熱管破損事故が発生した場合、健全側蒸気発生器による熱除去を目的として、蒸気発生器二次側へ水を補給するため、補助給水ポンプが自動的に作動する。この補助給水ポンプは三台あるが、そのうち、最も給水流量の大きいタービン動補助給水ポンプ一台の故障を仮定する。安全評価審査指針の要求する単一故障としては、右の故障が仮定されている。これにより、健全側蒸気発生器による一次冷却材の除熱能力が小さくなり、一次冷却材の圧力が低下しにくくなるので、蒸気発生器二次側への一次冷却材の流出量が大きくなる。

(3) 伝熱管破損事故が発生した場合、炉心の冷却のため、ECCSの高圧注入ポンプが作動してほう酸水が注入される。ほう酸水の注入により、一次系の圧力が高くなるが、一次系の圧力が高くなると、一次側と二次側との圧力差が大きくなるため、一次冷却材が二次側に流出する量は多くなる。安全解析では、一次冷却材の二次側への流出量を多く見積もるため、高圧注入ポンプによる一次側への注入量を多くすべく、高圧注入ポンプは、二台ある充填/高圧ポンプの全部が作動するものと仮定する。また、高圧注入ポンプの注入特性は、実際に設置されているものより大きいものを仮定する。

(4) 蒸気発生器で発生する蒸気をタービンを経由せずに復水器に流すタービンバイパス系は、常用母線から電力が供給される仕組みになっているので、原子炉のトリップ後三〇秒間はタービンバイパス系を使用できる設計になっているが、原子炉のトリップと同時に使用できないものと仮定して、復水器に回収できる分が大気中に放出されることとする。

(5) 運転員の手動操作が必要となる場面は、前記のとおりである(2(2))。運転員の手動による操作のうち、最初に行うべき操作は、損傷側蒸気発生器の隔離に関するものである。安全解析においては、事象の発生を検知した後、この操作を行うまでに適切な時間的余裕を見込むこととしており、具体的には、原子炉がトリップしてから一〇分経過後に蒸気発生器の隔離に関する操作を行うものと仮定している。また、その後の操作についても同様の時間的余裕を見込んでいる。

(二) 高浜二号機についての解析結果

(1) 本件伝熱管破損についての解析結果によると、①事故発生の約六分後に原子炉がトリップし、②事故発生の約七分後に工学的安全施設作動信号が発信してECCSが作動し、③事故発生の約一六分後に、損傷側蒸気発生器につながる主蒸気隔離弁の閉止操作等の損傷側蒸気発生器の隔離操作が行われて、事故発生の約二六分後に主蒸気隔離弁が閉止し、④事故発生の約三一分後に健全蒸気発生器の主蒸気逃がし弁の開放により、一次系の除熱が促進され、⑤事故発生の約四一分後に、一次冷却材が十分減温されて加圧器逃がし弁の開放による一次系の減圧が開始され、⑥加圧器逃がし弁は、一次系の圧力と蒸気発生器二次側の圧力が一致した時点で閉止し、⑦加圧器逃がし弁の閉止により、一次系の圧力が再び上昇するが、事故発生の約四六分後にECCS停止等の操作をし、⑧事故発生の約四九分後に、一次系の圧力と損傷側蒸気発生器二次側の圧力が再び一致して、一次冷却材の二次側への流出が停止する。

(2) 右解析結果によると、一次冷却材の二次側への流出量は約七四トン、損傷側蒸気発生器二次側の主蒸気逃がし弁等から大気中に放出される蒸気量は約二四トンである。また、この想定事故の場合、DNBR(限界熱流束比のことであり、限界熱流束、すなわち、燃料被覆管から一次冷却材への熱伝達が低下し、燃料被覆管温度が急上昇し始める熱流束と実際の熱流束との比(限界熱流束/実際の熱流束)として定義されている。この値が大きいほど安全裕度は大きい。)は約1.24であり、許容限界値1.17を下回っていないから、これによると、新たに燃料被覆管の損傷が発生することはないことになる。

(3) 右の場合において、高浜発電所の敷地境界外での最大の実効線量当量は、約1.7ミリシーベルトと評価されている。

三美浜二号機事故

1 事故収束の経過

美浜二号機は、平成三年二月九日、定格出力により運転中、蒸気発生器伝熱管が破断した。その経過は、次のとおりである。

一二時二四分、 プラント計算機のR―19計数率高注意信号発信

一二時三三分、 プラント計算機のR―15計数率高注意信号発信

一二時四〇分頃、R―19の記録若干上昇傾向を示す

当直課長が蒸気発生器二次側への一次冷却材の漏洩の有無確認のため、放射線管理課員に蒸気発生器二次側器内水を採取して放射能濃度の分析を行うよう指示

一三時〇〇分頃、放射線管理課員が蒸気発生器二次側器内水のサンプル採取

一三時二〇分頃、右放射能濃度分析結果判明

A―蒸気発生器二次側器内水は放射濃度の検出限界値を超えているが、B―蒸気発生器二次側内水は放射能濃度の検出限界値内

当直課長は、蒸気発生器二次側器内水を採取して放射能濃度の分析を行うよう再度指示

一三時四〇分頃、R―15計数率注意警報発信

一三時四五分頃、R―19計数注意警報発信

一三時四五分、蒸気発生器ブローダウン隔離弁、蒸気発生器ブローダウンサンプル隔離弁及び蒸気発生器ブローダウンタンク水位制御弁自動閉止(放射性物質を含む蒸気発生器ブローダウン水の海への放出防止のため)

加圧器圧力低バックアップヒータ自動入警報発信(一次冷却系圧力低下のため)

運転員、充填ポンプ一台追加起動(加圧器水位及び一次系圧力が低下していたことから一次冷却材の減少を補うため、二台から三台になる)

プラント計算機のA―蒸気発生器水位高注意信号、加圧器水位低注意信号、加圧器水位低低注意信号、加圧器圧力低注意信号、加圧器圧力低低注意信号が連続発信

一三時四六分、 プラント計算機のA―蒸気発生器水位高高注意信号連続発信

一次冷却材の平均温度低下

一部制御棒の位置自動調整

一三時四七分頃、手動で発電機出力降下開始(原子炉停止のため)

一三時四八分、 A―蒸気発生器(損傷側蒸気発生器)からタービン動補助給水ポンプへ駆動用の蒸気を供給する配管の元弁を閉止(大気への放射性物質放出抑制のため)

一三時四九分、「加圧器水位低ヒータ自動切及び抽出水隔離弁自動閉」警報発信

加圧器ヒータ電源自動しゃ断、抽出水隔離弁自動閉止

一三時四九分から一三時五〇分まで、タービンバイパス弁が自動開閉(一次冷却材の平均温度の設定値と実際の平均温度の乖離によるもの)

一三時五〇分頃、R―15計数率高警報発信

一三時五〇分  原子炉トリップ信号発信(加圧器圧力設定値134.3気圧より低となり)、原子炉自動トリップ、タービン自動トリップ

一三時五一分、 発電機自動トリップ

原子炉トリップ七秒後、安全注入信号発信(加圧器圧力低及び加圧器水位低一致による)右信号発信により非常用ディーゼル発電機の起動、非常用炉心冷却装置関連機器の起動による一次冷却材への水の注入、原子炉格納容器隔離、発電機トリップ後の常用母線への給電停止、A及びB―電動補助給水ポンプ等の起動(いずれも自動)

一三時五二分、 A―電動補助給水ポンプ出口弁閉止、損傷側蒸気発生器への補助給水停止(一次系の冷却に先立つ損傷側蒸気発生器の隔離のため)、電動補助給水ポンプ出口連絡弁を開放し、B―蒸気発生器(健全側蒸気発生器)への補助給水量を増加

一三時五五分、 中央制御室で損傷側蒸気発生器の主蒸気隔離弁の閉止操作開始。しかし、表示灯の開表示と閉表示が点灯し、完全閉止確認できず、当直課長が機械保修課員に現場で弁を閉止するよう指示

一四時〇二分頃、現場でチェーンブロックを用いて右弁を増締めして完全閉止

一四時〇二分、 健全側蒸気発生器の主蒸気逃がし弁開放(健全側蒸気発生器を介して一次系を冷却するため)

一四時〇五分、 常用母線への給電再開(一次冷却材ポンプ及び循環水ポンプ再起動の準備)

一四時〇七分、 原子炉格納容器隔離信号解除、制御用空気系統の原子炉格納容器隔離弁開放(加圧器逃がし弁による一次系減圧操作に備えるため)

一四時〇九分、 安全注入信号により停止中の充填ポンプ三台再起動(高圧注入ポンプ停止後の一次冷却系の保有水量の制御及び一次冷却材ポンプ再起動時の同ポンプ軸封水確保のため)

一四時一四分、 安全注入信号解除

一四時一七分、 健全側蒸気発生器に係る一次冷却材回路(健全側ループ)の高温側冷却材温度が目標値の258.2℃以下になったことを確認して、健全側蒸気発生器の主蒸気逃がし弁を閉止

一四時一九分、 損傷側蒸気発生器の主蒸気逃がし弁が自動開閉

一四時一〇分頃から一四時二五分頃まで、加圧器逃がし弁の開放操作を数回実施、開放不能

一四時一七分から一四時二一分まで、加圧器逃がし弁元弁閉止、開放実施、開放不能

一四時二五分頃、加圧器逃がし弁開放不能と最終判断

一四時二六分、二七分、余熱除去ポンプ二台各停止(余熱除去ポンプの長時間のミニマムフロー運転回避のため)

一四時二八分頃、当直課長は加圧器補助スプレによる一次系の減圧操作を指示

一四時二九分、 損傷側蒸気発生器の主蒸気逃がし弁自動開閉

一四時三一分と三三分、非常用ディーゼル発電機二台各停止

一四時三四分、 加圧器補助スプレによる減圧操作開始

一四時三七分、 高圧注入ポンプ二台各停止(加圧器水位及び一次冷却材のサブクール度確認のうえ)

一四時三九分、 損傷側蒸気発生器の主蒸気逃がし弁自動開閉

一四時四二分、 健全側蒸気発生器の主蒸気逃がし弁調整開(一次冷却材の温度制御のため)

一四時四八分、 加圧器補助スプレ弁閉止(一次系圧力が低下し、損傷側蒸気発生器二次側圧力とほぼ一致したため)

以上により、一次系減圧操作完了

一四時五五分と五八分、循環水ポンプ二台各起動

一四時五七分、 健全側ループ一次冷却材ポンプを起動

一五時一三分、 タービンバイパス弁調整開

一五時一四分、 健全側蒸気発生器の主蒸気逃がし弁閉止

一五時五五分、 一次冷却材のほう素濃縮操作開始

一六時一八分  同完了

一六時二四分から三二分まで、停止用制御棒全部引き抜き

一六時四〇分頃、タービンバイパス弁を用いた復水器による一次系の冷却強化

一七時二四分から一九時三七分まで、一次冷却材のほう素濃縮操作を再度実施

二〇時一一分、原子炉トリップ信号発信、全制御棒自動挿入

二二時〇一分、 A―余熱除去ポンプ再起動

二二時一〇分頃、余熱除去系統による一次系冷却開始

二三時一七分、 B―余熱除去ポンプ再起動

翌一〇日午前二時三七分、一次系冷態停止状態となる。

2 機器の不具合

(一) 主蒸気隔離弁の閉止不能

予定されていた安全機器である損傷側蒸気発生器の二次系の主蒸気隔離弁が自動的に閉まらなかった。そこで、手動で主蒸気隔離弁を閉じたが、これに約七分間を要している。そのため、健全側蒸気発生器を用いての一次冷却材の冷却が遅れた。

(二) 加圧器逃がし弁の開放不能

二つある加圧器逃がし弁が二つとも開かなかった。そのため、一次系の減圧ができなかった。一次系の減圧ができないと、二次系の圧力との差が縮まらないから、一次系から二次系への一次冷却材の流出が続くことになる。これによる影響は次の三点であるという(海老沢)。

(1) 二次系が高圧になるので、二次系の蒸気を主蒸気逃がし弁から放出しなければならない。損傷側の主蒸気逃がし弁も設定値を超えれば自動開放するので、放射性物質を含んだ蒸気が大気中に放出されることになる。

(2) 一次冷却材が一次系から流出することにより、これにECCSの作動がないことが加われば、直ちにではないにしても、一次冷却材の枯渇という問題が起こる。

(3) 二次系、特に配管部、主蒸気逃がし弁、主蒸気安全弁は、蒸気の状態に対して設計されている。一次冷却材の二次系への流出が続くと、液体の状態の一次冷却材が二次系に流出することになり、二次系配管の損傷が心配される。ギネ原発事故ではそのような事態が発生している。

(三) コンピューターの処理能力の不足

美浜二号機事故においては、アラームタイプライタのシステムは、プラント計算機で計算された「注意信号」及び「機器の動作状況」に関するデータをタイプライタが印字するまでの間、一時的にこれらのデータを記憶する構成となっているところ、原子炉トリップ後三分間は、「注意信号」、「機器の動作状況」の情報が集中し、このデータ記憶容量を超えたことから、アラームタイプライタ記録に欠落が生じている。

また、PAMトレンドのシステムに係るプラント計算機の処理能力が不足していたため、「注意信号」等の割込み処理が増大した原子炉トリップ後一〇分間は、炉心出口温度等の最大値等の計算が行われず、そのため、PAMトレンド記録の一部が更新されなかった。

しかし、運転員がプラントの状況を把握し、運転操作を適切に行ううえで不可欠な情報は、中央監視室に設置されている指示計及び記録計等から適切に提供されていたという(〈書証番号略〉、辻倉)。

3 ECCS停止の時期

(1) 早く停止させる必要性

本来は、一次系の圧力と二次系の圧力とが一致した時点で、一次系から二次系への一次冷却材の流出が止まるので、炉心の冠水状態が確認されればその時点でECCSを停止することが予定されている。ところが、美浜二号機事故では、一次系の圧力と二次系の圧力が一致せず、一次系の圧力が二次系の圧力より相当高いままの状態でECCSを停止している。これは、本来、加圧器逃がし弁が開いていれば、一次系が減圧されていたはずであるにもかかわらず、加圧器逃がし弁が開かず、補助スプレによって一次系の減圧がされ、しかも、それが不十分ではあったが、ECCSによって一次系の圧力が高くなるという面もあり、ECCSを停止させれば一次冷却材の二次系への流出が減り、損傷側蒸気発生器の水位の上昇を抑制することができるのであろうという期待があったものと考えられる。

(2) 加圧器水位

運転員がECCSを停止させた時点での加圧器の水位をみると、加圧器の水位は上昇している。しかし、加圧器の水位が上昇していたことにより、原子炉が冠水していたとは直ちにはいえない。加圧器逃がし弁が開放している場合には、加圧器上部の蒸気がなくなって、一次冷却材の水位が上昇するということが考えられる。美浜二号機事故の場合は、加圧器逃がし弁が開放していないので、そのようなことは考えられないが、破断口からの一次冷却材の流出による一次系の圧力の低下を充填ポンプやECCSによるほう酸水の注入によって十分に補えない場合には、一次系の圧力が下がり、これに伴い飽和温度も下がるので、原子炉側で沸騰が起きる可能性がある。原子炉側で沸騰が起こると、蒸気が発生するため、その影響で加圧器水位が上がる。このような状態になると、加圧器水位計が一定の水位を示しているからといって、炉心が冠水しているということにはならない。そこで、加圧器の水位の上昇から炉心が冠水していると判断してECCSを停止したとすれば、極めて危険な措置であるとの非難がある。しかし、ECCSの停止はサブクール度による炉心の冠水を確認して行っているので(辻倉)、その非難はあたらない。

4 炉心の沸騰の有無

(1) 炉心に沸騰が生じているかどうかはサブクール度でわかる。サブクール度とは、飽和温度と実際の一次冷却材温度との差である。損傷側蒸気発生器に係る一次冷却材回路の高温側一次冷却材温度は、一三時五四分から一四時〇六分にかけて四度にわたり、飽和温度に接近している。少ないところでは、その差は数度である。この一次冷却材温度は、その温度検出器に流れてくる一次冷却材の平均化された温度を検討するものであるから、それより高い温度のものもあるはずである。また、炉心内温度は、通常は配管温度より高いはずであるから、特殊な事情がない限り、炉心内では飽和温度に達していた可能性を全面的に否定することはできない(海老沢)。

(2) 炉心出口温度計は、原子炉容器内の炉心のすぐ上部に設置されている。美浜二号機では炉心出口温度は三九点で計測され、その内の一三点のデータから最高温度を選び、その最高温度のみが記録されることになっている。美浜二号機事故では、事故直後の一〇分間、一四時〇〇分までの記録が失われている。その後のデータでは、炉心出口最高温度が一次冷却材高温側配管温度より相当程度低い。これらの点は極めて重要なことである。通産省の事故調査報告書では、その理由として、一次冷却材の温度の低下が顕著な場合には、一次冷却材が上部プレナム部の比較的高温の一次冷却材と混合した後に配管に流出するため、高温側配管冷却材の温度は炉心出口温度に比べて遅れて低下することを等を挙げている。しかし、それらからの推定が成り立つとしても、その合理性を検証するための実験結果や解析結果との比較検討がされた形跡は窺えないから、疑問の余地がないとはいえない(海老沢、〈書証番号略〉)。

(3) 右(1)、(2)から炉心内では一次冷却材温度が飽和温度に達しており、沸騰が生じていたとする見方もある。これに対し、前記の損傷側ループの高温側一次冷却材温度の四度にわたる上昇ピークについて、通産省の調査結果は、加圧器及び加圧器サージ管内の高温の一次冷却材等の影響若しくは原子炉容器頂部又は原子炉容器上部プレナム部の高温の一次冷却材の影響によるものと推定するとしている。

加圧器からの高温の冷却材の逆流ということは、ROSA―Ⅳ/LSTFによる事故再現実験の結果と必ずしも一致しないものがあるが、解析結果によると、一三時五〇分ころから一次冷却材の流量が急激に低下し、一三時五三分ころ以降は定格流量の五%前後となっていること(〈書証番号略〉)、その時点では健全側ループも損傷側ループも自然循環による一次冷却材の流量は同程度であったこと、循環して原子炉容器に戻った一次冷却材は混合されて各ループに送られること等からすると、一定時間継続して一次冷却材温度が飽和温度に接近していたのなら問題であるが、損傷側ループのみの一時的な接近というだけでは、通産省のいうような何か特別の事情があったのだろうという推定も成り立たないではない。

(4) そして、美浜二号機事故において、損傷側蒸気発生器にかかる一次冷却材回路の高温側一次冷却材温度が飽和温度に接近したことはあってもこれを超えたことはなかったこと、右の損傷側ループの四つの上昇ピークが一時的なものであったこと、加圧器水位の動き、炉心出口温度の状況等から判断すると、炉心が沸騰していたとは断定できない。しかし、炉心での沸騰の可能性があったか、その可能性がどの程度であったかということになると、判断し難いといわざるを得ない。

5 解析結果(〈書証番号略〉)

(一) 事象の再現解析

(1) 一次系の圧力、蒸気発生器二次側の圧力等の計測値を再現することにより、損傷側蒸気発生器二次側への一次冷却材の流出量等の計測又は記録されていないデータで事象を把握する上で重要なものを推計する目的で解析がされた。

(2) 解析条件は、美浜二号機のプラントデータ、設定値、事故時の計測値によった。

(3) 解析結果によると、一次系の圧力、加圧器水位、損傷側・健全側蒸気発生器二次側の圧力、健全側ループの高温側一次冷却材温度は、事故時のPAMトレンド記録とほぼ一致しているが、損傷側ループの高温側一次冷却材温度は、事故時のPAMトレンド記録によると、一三時五五分から一四時六分までの間四度にわたり上昇し、飽和温度に接近しているのに対し、解析結果によると、一度目の上昇は再現されているが、二度目から四度目の上昇は再現されていない。

損傷側蒸気発生器二次側への一次冷却材流出量等の解析結果は、損傷側蒸気発生器二次側への一次冷却材流出量が約五五トン、損傷側蒸気発生器の主蒸気逃がし弁からの蒸気放出量が約1.3トン、損傷側蒸気発生器の主蒸気隔離弁下流側への蒸気流出量が約6.8トン、安全注入量が約五〇トンであった。

(二) 炉心の健全性評価に関する解析

(1) 燃料被覆管から一次冷却材への熱流束が限界熱流束に達していなければ燃料棒に損傷が発生することはないことから、炉心の健全性について、DNBRに基づいて評価された。

(2) 解析条件は、(一)の場合と同様である。

(3) 解析結果によると、最も厳しい炉心位置における最小DNBRは、原子炉トリップ前において約2.76であり、許容限界値の1.17を下回っていなかった。

(三) 環境への放射性物質の放出量とその影響評価に関する解析

(1) 放射性希ガス及び放射性よう素の大気への放出は、復水器空気抽出ポンプ及び脱気器ベント、一号機補助建屋排気筒、グランドスチームコンデンサベント、損傷側蒸気発生器の主蒸気逃がし弁、蒸気発生器ブローダウンタンクベント等からされ、放射性物質の海への放出は、蒸気発生器ブローダウンタンクからされた。

(2) 解析結果によると、放射性希ガス及び放射性よう素の大気への放出量並びに放射性物質の海への放出量は、美浜発電所原子炉施設保安規定に定める放射性気体廃棄物の放射性物質の年間放出管理目標値並びに放射性液体廃棄物の放射性物質の年間放出管理目標値を十分に下回っている。

(四) その他の解析

(1) 燃料中心温度及び燃料被覆管表面温度

最も厳しい炉心位置における燃料中心温度の最高値は約一四三〇℃であり、原子炉トリップによる原子炉出力の低下に伴い、急速に低下した。また、最も厳しい炉心位置における燃料被覆管表面温度の最高値は約三三三℃であり、原子炉トリップによる原子炉出力の低下に伴い低下した。

(2) 炉心の一次冷却材の状態

炉心出口温度の最大値が一三時五〇分から一三時五九分までの間記録されていないため、炉心上端部の一次冷却材の温度は解析により推計されている。解析結果によると、炉心上端部の一次冷却材の温度は、事象の発生前から収束までの全ての期間において常に飽和温度を下回っていた。また、炉心で最も出力の高い燃料集合体の局所ボイド率は、原子炉トリップ直前に一次系の圧力の低下によりわずかに上昇し最大0.6%に至るが、原子炉トリップ後の熱流束の低下に伴い〇%となった。健全側蒸気発生器の主蒸気逃がし弁を開放したため、一四時〇三分以降一次冷却材の温度が顕著に低下しているが、炉心出口温度の最大値が一次系高温側配管の一次冷却材の温度よりも低く推移している期間がある。これは、一次冷却材の温度の低下が顕著な場合、①上部炉心板を通過する一次冷却材は上部プレナム部上部の比較的高温の一次冷却材と混合した後に一次系高温側配管に流出するため、高温側冷却材温度検出器近傍の一次冷却材の温度は炉心出口温度検出器近傍の一次冷却材の温度に比べて遅れて低下すること、②検出器の熱容量の差により炉心出口温度の計測に比べて高温側冷却材温度の計測には時間遅れがあること、③損傷側ループについては、自然循環流量が低下し、一次冷却材の流動が停滞する傾向にあるため、一次冷却系高温側配管内に不均一な温度分布が生じる可能性があることによるものと推定されている。

(3) 自然循環流量及び一次系内のボイド発生量

解析の結果によると、健全側蒸気発生器による自然循環の流量は、一次冷却材ポンプの停止に伴う一次冷却材の強制循環停止後においても定格流量の約四%が確保されていた。一次系内のボイドは、一次系の減圧操作に伴い一次系内の比較的高温のまま維持される部分に発生し、その量は最大五m3であった。仮に、炉心に近い原子炉容器頂部にこのボイドが発生したとしても、炉心上端から約四m上方で、一次系高温側配管から約二m上方に位置するため、健全側ループの自然循環を妨げるものではなかったと評価されている。

(4) 炉心の冠水状態

美浜二号機事故において、炉心の冠水状態そのものを示す計測値はなかったが、健全側ループでは自然循環が成立していたことからすると、炉心の冠水は維持されていたと判断されている。

解析開始時点(一三時四〇分)から高圧注入ポンプによる注入開始時点までの間は、損傷側蒸気発生器二次側への一次冷却材流出量が一次冷却系への水の注入量を約7.0トン上回っているが、これは、加圧器器内水が約9.0トン減少したことにより補われていた。なお、この間、一次冷却材の温度の低下により、一次冷却材の体積は収縮している。高圧注入ポンプによる注入開始時点から五分間は、損傷側蒸気発生器二次側への一次冷却材流出量が一次系への水の流入量を約1.0トン上回っているが、これは、加圧器サージ管内の一次冷却材が約0.6トン減少したこと及び一次冷却材の温度の上昇に伴う一次冷却材の体積の膨張により補われていた。高圧注入ポンプによる注入開始から五分以降は、高圧注入ポンプによる一次系への水の注入量が損傷側蒸気発生器二次側への一次冷却材流出量を概ね上回っている。この上回った水の注入量は、一次冷却材の温度の低下に伴う一次冷却材の体積の収縮に見合っていた。

6 安全評価における安全解析の結果との比較

(一) 安全評価における安全解析

安全評価審査指針においては、前記のとおり、伝熱管損傷事故につき、「新たに燃料棒の破損が生じないこと」を確認したうえで「周辺の公衆に対し、著しい放射線被ばくのリスクを与えないこと」を評価することとされている。したがって、安全評価における安全解析では、実効線量当量の評価結果を最も厳しくする機器の単一故障を仮定するのに加えて、実効線量当量の評価結果をより厳しくする解析条件(燃料被覆管欠陥率、高圧注入ポンプの注入特性等)を選定することとされている。

(二) 再現解析の解析結果との比較

(1) 安全解析においては、次の仮定をおいているため、再現解析と異なる結果となっている。

(a) 損傷側蒸気発生器二次側への一次冷却材流出量の増加に寄与しているのは、①一次冷却材の初期流出量を大きくしていること、②破断管の圧力損失を小さくしていること、③高圧注入ポンプからの注入量を多くしていること、④タービン動補助給水ポンプが作動しないこととしていること(一次系の冷却効果が小さくなる。)、⑤タービンバイパスが使用できないこととして、損傷側蒸気発生器からの蒸気が復水器に回収されないこととしていること、⑥一次冷却材ポンプがトリップして同ポンプによる一次系の冷却が行われないとしていること、⑦補助給水の隔離完了まで一〇分間の余裕を見込んでいること(損傷側蒸気発生器二次側への補助給水量が多くなり、損傷側蒸気発生器二次側器内水が冷却されるため、その圧力がより低下する。)、⑧健全側蒸気発生器の主蒸気逃がし弁の開放までに二〇分間の余裕を見込んでいること(加圧器逃がし弁開放による減圧開始が遅くなる。)である。

(b) 大気への蒸気放出量の増加に寄与しているのは、①タービンバイパスが使用できないこととして、損傷側蒸気発生器からの蒸気が復水器に回収されないこととしていること、②タービン動補助給水ポンプ駆動用蒸気の隔離完了まで一〇分間の余裕を見込んでいることである。

(c) 最小DNBRの低下に寄与しているのは、①原子炉出力を高くしていること、②核的エンタルピ上昇熱水路係数が大きいこと、③発電機トリップ後の一次冷却材の流量をより低下させていること、④一次冷却材ポンプがトリップして同ポンプによる一次系の冷却が行われないとしていることである。

(d) 損傷側蒸気発生器二次側への放射性物質の流出量及び大気への放射性物質の放出量の増加に寄与しているのは、燃料被覆管欠陥率を一%としていることである。

(2) 損傷側蒸気発生器二次側への一次冷却材流出量は、安全解析では約三九トンであるのに対し、再現解析では約五五トンであった。これは、加圧器逃がし弁が使用できなかったこと等により、一次系と損傷側蒸気発生器二次側の圧力が一致するまでの時間が、安全解析における加圧器逃がし弁閉確認後の一次系と損傷側蒸気発生器二次側の圧力が一致するまでの時間を上回っていたことによると考えられている。

損傷側蒸気発生器の二次側から大気への蒸気放出量は、安全解析では約一二トンであるのに対し、再現解析では約2.2トンであった。この原因は、主として、①原子炉トリップ後最大三〇秒間はタービンバイパスを用いて損傷側蒸気発生器からの蒸気が復水器へ回収されたこと、②損傷側蒸気発生器二次側からのタービン動補助給水ポンプ駆動用蒸気が原子炉トリップの約二分前に隔離されたことにあると考えられている。

炉心の健全性評価については、安全解析の最小DNBRが約1.39であるのに対し、再現解析の最小DNBRは約2.76であり、安全解析の評価結果を上回っている。この原因は、主として、①核的エンタルピ上昇熱水路係数が安全解析の値を下回っていたこと、②外部電源があったため、一次冷却材ポンプによる一次系の冷却が行われたこと、③原子炉トリップ時の原子炉出力が安全解析の値を下回っていたことにあると考えられている。

環境への放射性物質の放出量は、再現解析によると、放射性希ガスが安全解析の結果と比較して約四〇〇〇分の一、放射性よう素が安全解析の結果と比較して約一五〇〇分の一であった。損傷側蒸気発生器二次側への一次冷却材流出量が安全解析の結果を上回っているにもかかわらず、大気への放射性物質の放出量が安全解析の結果を下回った主な原因は、①放射性希ガスについては、一次冷却材の放射能濃度が安全解析の結果を大きく下回っていたこと、②放射性よう素については、一次冷却材の放射能濃度が安全解析の値を大きく下回っており、また損傷側蒸気発生器から大気への蒸気放出量が安全解析の結果を下回っていたことにあると考えられている。

環境に与える放射性物質の影響評価についても、安全解析による実効線量当量は約0.39ミリシーベルトであったのに対し、再現解析の評価結果では一〇のマイナス五乗ミリシーベルトであり、安全解析の評価結果を下回っている。これは、大気への放射性物質の放出量が安全解析の結果を下回っていたことによるものである。

したがって、再現解析の結果によると、美浜二号機事故の事象は、安全解析の評価結果の範囲内であった。

7 隣接管への影響

伝熱管の破断による隣接管への影響についての調査結果によると、隣接管の低温側台六管支持板上方部及びU字部の腹側に、破断管と接触したと考えられる跡が認められたが、これらの接触跡には、いずれもへこみ等はなく、伝熱管のスケール表面が薄くこすれた程度の軽微なものであって、破断管が隣接管を損傷に至らせるものではなかった。

四これまでに行われた試験及び実験

1 破断時の破断管と隣接管の関係に関する試験(〈書証番号略〉)

破断時の破断管と隣接管の動的挙動試験の結果によると、実機において伝熱管が破断した場合、応力解析上からも、破断口からの噴出量調査試験、外圧強度に関する圧力壊試験、噴出流による破断開口部と隣接管のエロージョン試験、破断口からの噴出流によるスラスト力・ジェット力測定試験、破断時の破断管と隣接管の動的挙動試験等の各試験結果からも、破断管及び隣接管に多少の塑性変形を生じる可能性はあるが、隣接管が次々に破断する可能性はないとされている。

2 破断が発生した場合の炉心温度に関する実験(〈書証番号略〉)

蒸気発生器伝熱管が破断した場合に、ECCSの不作動や運転員操作の遅れ等が事象の推移に及ぼす影響を評価するため、一一〇万kw級PWRで一基の原子炉に二基の蒸気発生器を有するもの(いわゆる二ループの原子力発電機)を、体積比一/四八、実機と同一の高さ、運転圧力、温度条件で模擬した実験装置(LSTF)を用いて行った実験の結果は、次のとおりであった。

(1) 伝熱管3.2本相当が破断し、ECCSの高圧注入ポンプが作動しないという実験条件のもとで、運転員は、①破断後二五分で健全側蒸気発生器の主蒸気逃がし弁を開放し、②破断後五〇分で加圧器逃がし弁を開放するという操作を行ったところ、健全側蒸気発生器の減圧で一次系と二次系の圧力が逆転し、一次冷却材の二次側への流出が停止し、炉心の露出はなかった。

(2) 伝熱管6.4本相当が破断し、ECCSの高圧注入ポンプが作動しないという実験条件のもとで、運転員は、①破断後二時間四五分はまったく操作をせず、②破断後二時間四五分で健全側蒸気発生器に補助給水注入し、さらに二次側主蒸気逃がし弁を開放し、③破断後三時間で加圧器逃がし弁を開放するという操作を行ったところ、健全側蒸気発生器の減圧開始後、破断側蒸気発生器からの逆流により一次系水位が回復し、直ちに炉心冷却が回復した。

(3) 伝熱管6.4本相当が破断し、ECCSの高圧注入ポンプが作動するという実験条件のもとで、運転員は、①破断後約一二分で健全側蒸気発生器の主蒸気逃がし弁を開放し、②破断後約二三分で加圧器逃がし弁を開放し、③破断後約二七分で高圧注入ポンプを停止し、④破断後三一分で加圧器逃がし弁を再度開放するという操作を行ったところ、①加圧器逃がし弁の開放により、一次系と二次系の圧力が逆転し、同時に、加圧器の水位が回復し、②二回目の加圧器逃がし弁の開放により、一次系冷却材の二次側への流出が停止し、③炉心の露出はなかった。

五本件伝熱管の破断の影響

1  想定された事故収束過程による場合

伝熱管の破断があった場合に想定されている事故収束過程は前記のとおりであり、想定されているとおり事故が収束すれば、高浜二号機の場合は最小DNBRが約1.24であり、許容限界値を下回っていないから、燃料被覆管の損傷が発生することはなく、したがって、炉心の溶融は生じないことになる。また、高浜二号機についてされているLOCAの安全解析の結果によると、小LOCAのうちで燃料被覆管最高温度の制限値である一二〇〇℃に最も近づく低温側配管のハインチの破断の場合であっても、燃料被覆管の最高温度は六八五℃であり(〈書証番号略〉)、伝熱管破断はこれより破断口がはるかに小さい。したがって、伝熱管破断の場合は損傷側蒸気発生器による一次系の除熱ができないという違いがあるが、それを考慮に入れても炉心溶融の危険性があるとはいえない。

なお、伝熱管の破断の場合は、前記のとおり、流出した一次冷却材に含まれている放射性物質が外界に放出される危険がある。安全評価のための安全解析においては、大気中に放出される放射性物質を多めに見積もるため、燃料被覆管の一%が既に損傷し、タービン動補助給水ポンプ一台が故障するなどの仮定をおいて解析することになっており、高浜二号機の場合の解析結果は、前記のとおり、高浜発電所の敷地境界外での最大の実効線量当量が国際放射線防護委員会の勧告に基づいた基準値の補助的線量限度である年間五ミリシーベルト以下の約1.7ミリシーベルトであるから、炉心の溶融がなければ、周辺の公衆に対し、放射能による被害を与えることはない。

2  安全評価審査指針による安全評価上の問題

(1)  原子力安全委員会の策定した安全評価審査指針は、前記のとおり、伝熱管破損を環境への放射性物質の異常な放出の一事象たる事故として定めているが、伝熱管の破損は放射性物質を含む一次冷却材が伝熱管の破損口から二次系に流出して主蒸気逃がし弁等から大気に放出されるという事象であるとともに、一次冷却材が原子炉冷却材圧力バウンダリから流出する原子炉冷却材喪失(LOCA)の一事象でもある。しかも、伝熱管破断の場合は、円周方向に両端破断したとしても、伝熱管の口径が約二cmであるから、いわゆる小LOCAといわれるもののうちでも、破断口の極めて小さいLOCAの事象である。

したがって、伝熱管破断は、炉心の健全性という観点からは、大LOCA及び小LOCAについての安全解析による評価をすれば、独立して安全解析をするまでもないことであり、その意味で、他のLOCAに包絡されるものと考えるのが一般的な見解であり、原子力安全委員会及び被告はこの見解に立っている(辻倉、藤家)。

しかし、伝熱管破断は、他のLOCAと異なり、流出した一次冷却材が原子炉格納容器内に留まらないため、流出した一次冷却材に放射性物質が含まれていると、二次系の主蒸気逃がし弁等から放射性物質が外界に放出される危険があることから、損傷側蒸気発生器の隔離をしつつ一次系の除熱をする操作が必要になる。また、伝熱管破断の場合、当該蒸気発生器を除熱のために用いることはできない。これらの点を捉えて、原告らは、伝熱管破断を他のLOCAに包絡することはできず、炉心の健全性という観点からも、他のLOCAとは別に独立した安全評価をすべきであると主張している。

(2)  伝熱管破断でない他の一次系配管破断の小LOCAの事象の場合も、伝熱管破断のときの一次系の除熱のときと同様に、単にECCSのみではなく蒸気発生器を使用して除熱をするのであって、他の小LOCAと伝熱管破断との違いは、他の小LOCAでは全部の蒸気発生器による除熱効果を期待できるが、伝熱管破断では全部の蒸気発生器による一次冷却材の除熱ができず、健全側蒸気発生器のみによる冷却しか期待できない点、すなわち、蒸気発生器による除熱に全部の蒸気発生器を使用するときと比べて時間がかかるという点にある。しかし、この点は、直接には、その間の一次冷却材の流出量の問題(環境汚染に対する評価の問題)であり、炉心冷却能力の有無自体の問題ではないと考えられるから、炉心の健全性という観点からは、伝熱管破断の事象は他のLOCAの事象において評価すれば足りるという考えを不合理ということはできない。

(3)  ところで、前記のとおり、平成三年二月九日、美浜二号機において我が国で初めての伝熱管破断事故が発生し、その原因・影響等について通産省、日本原子力研究所等において調査がされたが、安全評価審査指針及び「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」等を策定した原子力安全委員会は原子炉安全専門審査会の発電用炉部会にワーキンググループを設け、右通産省の報告も踏まえつつ独自の立場から調査審議をし、その結果を平成四年三月九日に発表した。そして、その中で、ワーキンググループは、右の調査審議を通して、安全審査に関し、現時点では直ちに変更を必要とする事項は見出されなかったとしつつも、①蒸気発生器伝熱管破損事故の安全評価審査指針における位置付け、②従来の安全評価における解析条件が、主蒸気逃がし弁、加圧器逃がし弁の故障等も包絡しているか否か、③高経年炉の増加に伴い、原子炉設備の適切な維持管理を行うための維持基準の見直し及び適切な検査項目の選定という問題点について、今後の検討が必要であるとしている(〈書証番号略〉)。

これを受けて、原子力安全委員会は、当然のことながら、最新の科学技術的知見等から右の問題点について検討をしていると考えられるが、未だ安全評価審査指針についての変更はなく、また、安全評価審査指針についての考え方の変更も打ち出していない。

安全評価の対象の事象としていかなる事象を選定するか、想定された事象についていかなる機器の故障等を仮定するかは、専門技術的知見等による判断が必要であると考える。蓋し、原子力発電施設の安全性の評価には将来の予測に係わる事象についての安全対策の相当性が含まれるので、安全性評価の対象事象及び仮定すべき故障等の選定は多くの専門分野の技術的知見、実績等に基づいた客観性のあるものでなければならず、いかなる事象を評価すべき事象とするか、解析にあたってどのような故障等を仮定すべきか等はそうした最新の専門知識等に基づく高度な判断を必要とするからである。

(4)  右(1)及び(2)の点から考えると、伝熱管破断による炉心の健全性の評価としては、他のLOCAの安全解析をもってすれば足り、他に炉心の健全性に影響を及ぼす具体的な事象の発生する危険性が特に認められる場合には、それを含めて安全評価するのが相当であると考える。

3  機器の不具合、運転員の誤操作等の影響

(一)  機器の不具合等が発生する一般的危険性

安全評価審査指針に基づいてされた本件伝熱管破断の場合の安全評価のための安全解析においては、炉心の健全性を保持するために作動することが予定されている機器の不具合並びに運転員の誤操作は仮定されていない(〈書証番号略〉)。

しかし、美浜二号機事故においては、損傷側蒸気発生器の二次系の蒸気隔離弁が自動的に閉まらず、加圧器逃がし弁が二つとも開かないという機器の不具合が起こっている。そして、主蒸気隔離弁が自動的に閉まらなかったため、手動で主蒸気隔離弁を閉じるために約七分間を要し、これにより、健全側蒸気発生器を用いての一次冷却材の冷却が遅れたうえ、加圧器逃がし弁が開かなかったために、一次冷却材の減圧ができなかった。その結果、炉心での沸騰の可能性の有無、程度については判断し難い状態となり、ECCSの停止についても、本来は一次系の圧力と二次系の圧力とが一致してから停止させるべきところを、その一致がないままに停止させるなど、想定されている事故収束過程とは異なった収束過程を辿っている。しかも、加圧器逃がし弁が開かなかったことを主たる原因として、損傷側蒸気発生器二次側への一次冷却材流出量が、安全解析では約三九トンであるのに対し、事故の再現解析では約五五トンと、安全解析の結果を上回っている。

したがって、機器の不具合等をまったく予定しないままで、直ちに炉心の溶融が起こる危険性がないとか、周辺の公衆に対して著しい放射線被ばくのリスクを与えることがないと断定することはできない。原子力安全委員会及び通産省が、美浜二号機の事故の際に主蒸気隔離弁が開かなかったことや加圧器逃がし弁の不作動という事態が生じたことについて、それらが人為的原因によるものであることから、被告ら電気事業者に対し、充実した定期検査及び日常の品質管理の活動の徹底と、事故時において安全上重要な機能を果す機器に異常が発生した場合に運転員が適切に対応できるように具体的な応用動作としての操作手順をマニュアルに追加し、事故時の各種運転マニュアルのつながりを明確にする等運転員の対応を容易にするための記載の明確化を提言し、また、通産省資源エネルギー庁において品質保証活動に対する指導・監督の強化等を唱えたことも、機器の不具合等についての問題があったからにほかならないと考えられる(〈書証番号略〉)。

それでは、いかなる機器の不具合、いかなる誤操作を想定すべきか。特定の機器の不具合や誤操作について代替手段があればそれによることになるが、あらゆる不具合・誤操作をどこまでも追求するとなれば、際限がなくなり、また、それは無意味でもある。機器については、安全性を確保するため、国は、「発電用原子設備に関する構造等の技術基準」(昭和五五年通商産業省告示第五〇一号)を定めていること、また、前記のとおり、原子力安全委員会のワーキンググループが、主蒸気隔離弁等の不具合はこれまで想定されていなかったことから従来の安全評価における解析条件がそれらの故障等を包絡しているか否かを検討する必要があるとしつつも、また一方で、日常の品質管理活動を十分に行うことが重要であり、美浜二号機事故の過程で機器の不具合があったにもかかわらず、原子炉を冷態停止状態に導いたのは運転員の迅速・的確な判断による事故収束操作によるものとして、事故時において安全上重要な機能を果たす機器に異状が発生した場合にも、運転員が適切に対応できるように具体的な応用動作としての操作手順を運転マニュアルに追加することを掲げていることからすると、安全評価審査指針において仮定することを義務づけている機器の単一故障以外のものは、特別の事情がない限り、他の機器による代替や定期検査時及び日常の品質管理活動及び操作手順の充実・明確化によりその発生は防止可能であり、発生しても事故の拡大は防止可能であると見て差し支えないものと考える。

そこで、以下では、右の特別の事情の有無について、原告らの主張する機器の不具合等との関係で検討する。

(二)  原告らの主張

原告らは、伝熱管破断のような極めて小さいLOCAは事故の経過時間が長いため、それだけ人間の介入する機会が多くなるし、また、伝熱管破断は一次冷却材が二次側に流出することを防止しながら、一次系の減温・減圧をする等の多様な運転操作が必要になるので、高経年炉の高浜二号機では機器等の故障・障害及び運転員の誤操作等の危険性が高く、現に、美浜二号機では損傷側蒸気発生器につながる主蒸気隔離弁の不完全閉止、加圧器逃がし弁の開放不能、操作手順書と違ったECCSの停止操作等の問題が生じているので、それらの事故が生じれば、伝熱管破断から炉心溶融に至る現実的危険性があるとし、炉心溶融の危険の原因として、次の各点を指摘している。

(1)  機器の性能・設計上の危険性

(a)  ECCSの高圧注入ポンプの注入能力不足

高圧注入ポンプの能力が低いため、一次系の圧力がそれよりも大きいと高圧注入ポンプによる注入が不可能になり、炉心の冷却ができなくなる危険がある。

(b)  ほう酸注入タンクの不具合によるECCSの高圧注入系の不作動

高浜二号機のECCSの高圧注入系は、高圧注入ポンプと原子炉低温側配管との間に設置されたほう酸注入タンクを経由して原子炉にほう酸水が送られる設計になっており、同タンクには高濃度のほう酸水が蓄えられ、絶えず電気ヒータで加温し、ほう酸が固形化してタンク内に析出するのを防止するようになっている。ところが、加温系の故障があるとタンク内に固形のほう酸が析出して水の通過を妨げ、高圧注入ポンプによる炉心への注入を不能にし、また、ほう酸注入タンクの前後の弁が故障等で開かなかった場合にも同様の事態が生じ、炉心の冷却ができなくなる危険がある。

(c)  加圧器逃がし弁の設計上の危険性

美浜二号機において加圧器逃がし弁が開かなかったのは、設計上問題があることを示すものである。加圧器逃がし弁を用いての一次系を減圧させる操作そのものが危険であるが、加圧器逃がし弁の固着、不作動から炉心溶融に至る危険がある。

(2)  機器の老劣化、管理の不備による故障等の危険性

高浜二号機の機器は経年変化により劣化しており、保守管理等の不備により、各種の機器類が伝熱管破断時に作動しない危険性がある。美浜二号機事故における主蒸気隔離弁の不完全閉止、加圧器逃がし弁の開放不能等はそれらの現れである。

(3)  運転員の誤操作の危険性

伝熱管破断事故の収束のためには、運転員の操作の介入の機会が多いことから、誤操作も生じやすい。その中でも、損傷側蒸気発生器の隔離に必要な機器、一次系の減温減圧のための機器及びECCSの停止等の操作について危険性がある。

特に、ECCSの高圧注入ポンプからの注入が長時間続けられたときは、伝熱管の破断口から流出した一次冷却材が蒸気発生器内を満水にし、更に主蒸気配管に流れ込み、もともと蒸気のみのために設計されている主蒸気管は、流れ込んだ冷却水の重みないしは圧力変動により主蒸気管内で沸騰した冷却水の振動によるウォーター・ハンマー作用によって破損する危険性があり、主蒸気管が破損すれば、高圧注入ポンプからの冷却水は際限なく破断口から流出して、水源となっている燃料取替用水タンク内の水の枯渇をもたらし、炉心溶融に至る危険性がある。

(4)  情報伝達の不確実により適切な運転操作ができない危険性

コンピュータの容量不足により、情報を確実に伝達できなくなる可能性があるため、運転員において適切な判断、操作ができない危険性がある。そうすると、最早炉心の溶融を防止する手立てはなくなることになる。

(三)  機器の不作動等により炉心溶融に至る危険性の有無

(1)  伝熱管の破断が生じた場合、一次冷却材が破断口から流出し、一次系の圧力が設定値まで低下すると原子炉が自動的にトリップし、ECCSの高圧注入ポンプからのほう酸水が自動的に炉心に注入され始める。しかし、他のLOCAと比較すると、一次系の減圧はゆっくり進行するので、運転員は、事故が収束するまでの間、①プラント計算機の計数率高注意信号の発信があると、各計器の動向を注視しつつ、蒸気発生器二次側への一次冷却材の漏洩の有無を確認するため、蒸気発生器二次側器内水の採取をして放射能濃度の分析をし、②漏洩が検出されたときは、それに基づき損傷側蒸気発生器を特定したうえ、損傷側蒸気発生器の補助給水の停止と主蒸気隔離弁の閉止をし、③健全側蒸気発生器の主蒸気逃がし弁を開放して、一次冷却材の減温を行い、④一次冷却材の温度が十分低下したことを確認したうえで、加圧器逃がし弁を開いて一次系の減圧を行い、⑤一次系の圧力が損傷側蒸気発生器二次側圧力まで低下した時点で加圧器逃がし弁を閉止し、更にECCSを停止する等の措置を採る必要がある。そのため、運転員としては、長時間にわたり確実な情報を入手し、それに基づき適切な判断と操作をし、かつ、機器が順調に作動すること等が要求される。そして、全てが手順のとおり順調に運べば、事故は安全に収束することになるが、他の一般の機械・装置の運転の場合と同様に、その間に機器の不具合等が全くないとはいえない。

(2)  ところで、機器の不具合が発生する原因としては、人為的原因による場合と機器の性能による場合とが考えられる。

人為的原因により機器の不具合が発生する蓋然性の評価は極めて困難であって、技術的資格や能力に欠ける者による保守・点検・管理・運転等のような特別の事情がない限り、その正確な予測は不可能といってよい。被告についていえば、美浜二号機における蒸気発生器伝熱管の振止め金具の装着ミスは振止め金具の重要性についての認識が十分でなかったことと被告がそれを長期間見過ごしていたことによるものであり、また、主蒸気隔離弁の不具合の原因は、前回の定期検査において当該弁を分解点検したところ、弁棒に軽微な肌荒れが認められたのでそれを修理した際念入りに鏡面仕上げをしたため、弁棒のグランドパッキングの黒鉛が弁棒摺動部に付着して摺動抵抗がかえって増加し、弁が完全に閉止しなかったことによるものであり、また、加圧器逃がし弁が二個とも作動しなかった原因は、加圧器逃がし弁に作動用の空気を供給する制御用空気系統の元弁は常時開状態にしておかなければならないのに、前回の定期検査において運転員が誤って閉じたのがそのままになっていたことによるものであって(〈書証番号略〉)、それらは極めて初歩的な人為的ミスであり、高浜二号機においても振止め金具が設計どおりに装着されていなかったのを見過ごしていたのであるから、被告の保守管理責任は厳しく問われるべきであるが、だからといって、一般的に被告の保守管理体制・能力に欠陥があり、本件高浜二号機においても人為的原因による機器の不具合の発生が必至であり、これが原因となって炉心溶融に至るとまではいうことができない。

(3)  そこで、次に、人為的原因以外の機器・設備の機能及び性能による原因として原告らが主張している点について検討する。

(a)  高浜二号機のECCSの高圧注入系については、原子力安全委員会が策定した「軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針」によってその作動等の性能についての評価がされているので(〈書証番号略〉)、本来有すべき性能がないということはできない。

原告らは、ECCSの高圧注入ポンプの注入能力が低いため、一次系の圧力がそれよりも大きいと高圧注入ポンプによる注入が不可能になり、炉心の冷却ができなくなるというが、それは伝熱管破断により一次系の圧力が高圧注入ポンプの自動起動の設定値まで減圧されない事象のときのことである。そうすると、それはポンプの注入能力の問題というより高浜二号機のポンプの既存の自動起動設定値の適否の問題になる。しかし、右の設定値がいかなる理由により安全設計上不適切であると主張するのか不明であり、証拠に照らしても設定値が不適切であることを窺わせるものはない。したがって、原告らの右の主張は採用できない。

(b)  四国電力株式会社は、最新の知見等からすると、ほう酸注入タンクは撤去することが望ましいとして、伊方発電所三号炉のほう酸注入タンクの撤去について設置変更許可の申請をしている(〈書証番号略〉)。最新の知見から検討した設計と異なる既存の設備機器をどの程度改めるべきかは、経年炉に最新の知見を如何に適切に反映させるべきかということであって極めて重要な問題である。我が国では原子炉の設置許可について許可期限を設定していないので、その重要性はことのほか大きい。

そして、たしかに、高浜二号機のほう酸タンクの位置は原告ら主張のとおりであるが(〈書証番号略〉)、原告らの主張は、加温系の故障があり固形化したほう酸がタンク内に析出して水の通過を妨げたときとか、弁の故障等が生じたときを仮定するものであるが、その仮定そのものが機器についての保守管理や不具合が発生する頻度とも関係することであって、被告の保守管理に落ち度が窺えない以上、その不具合の発生する可能性を直ちには肯定し難いので、炉心溶融の危険性という観点からすると、右のような仮定を置くことに問題があり、それを仮定して、高圧注入ポンプからの注入の妨げになる危険性のある設計であり、ひいては、それが炉心の溶融をもたらす危険性があるということはできない。

(c)  加圧器逃がし弁が危険な設計であるとの主張は、美浜二号機事故の際の加圧器逃がし弁不作動の原因が、前回の定期検査時に加圧器逃がし弁作動用の空気系統の常時開であるべき元弁が運転員により誤って閉じられたということにあるため、誤操作の防止の観点から、そのような重要な機器には手動弁を取り付けるべきではないということを指しているものと解される(〈書証番号略〉。なお、加圧器逃がし弁は自動と手動の両方が可能である。)。確かに、誤操作防止の面からは、手動弁より自動弁の方が安全機能上はよいと考えられる(〈書証番号略〉)が、これも経験の蓄積に基づく新しい知見を既設の機器類にどう反映させるかの問題である。それが望ましいことは間違いないが、危険性の判断となると、依然として保守管理の問題があり、手動弁であることをもって、高浜二号機の加圧器逃がし弁の元弁が伝熱管破断の際に不作動となる危険性があり、ひいてはそれが炉心溶融にまでつながる危険性があるということまではいえない。なお、原告らは、伝熱管破断の場合の一次系の減圧に加圧器逃がし弁を使用することの危険性を主張するが、それも健全側蒸気発生器による一次冷却材の十分な減温がされないままで一次系を急激に減圧したときのことであり、加圧器逃がし弁の使用自体が一般的に危険であるということはできないから、そのことをもって、伝熱管が破断した場合に炉心溶融の危険性があるとはいえない。

(4)  経年炉における機器の経年変化は極めて重要な問題であり、原子力安全委員会もこれを安全研究年次計画で取り上げている。また、前記のとおり、我が国では原子炉の設置許可について許可期限を設定しておらず、前記技術基準により設備の適正な維持管理をして行くことにしているのである(〈書証番号略〉)から、経年炉が増加しつつある現在、最新の知見と実績が右技術基準に適切に反映されているか、また、右技術基準が実際にどれだけ厳格に適用されているかの問題はあるにしても、高浜二号機の機器が右技術基準に適合していないとはいえず、単に高浜二号機の経過年数のみで機器類が劣化して危険であるということはできない。

(四)  運転員の誤操作等により炉心溶融に至る危険性の有無

運転員の誤操作の可能性については、人為的原因により機器の不具合が発生する危険性の評価が極めて困難であるのと同様に、運転員に誤操作が絶対にないということもできないが、具体的にどの操作に誤りが生じるかが確定できるわけでもなく、また、誤操作があったとしてもその全てについて補正できないものであるということもできない。したがって、一般的抽象的に運転員の誤操作の危険があるからといって、直ちに炉心溶融を招く危険性があるということはできない。

また、情報伝達が確実にできないとの点も、高浜二号機において、伝熱管破断の際に情報が運転員に伝わらない危険性があるとされる事情も窺えないから、これにより炉心の溶融の危険性があるということもできない。

4  他の事故ないし運転時の異常な過渡変化との競合

安全評価における安全解析では、伝熱管破断事故と他の事故ないし運転時の異常な過渡変化とが競合するという仮定はとられていない。そして、伝熱管破断事故と他の事故ないし運転時の異常な過渡変化とがたまたま競合するということは、それが同一の原因により発生するというような特殊な条件を想定しない限り、確率的にみて極めて小さいと考えられ、右のような特殊な条件の発生を窺わせるに足りる資料はないから、伝熱管破断事故と他の事故ないし運転時の異常な過渡変化がたまたま競合する蓋然性があるということはできない。

また、伝熱管の一本が破断したときは一次系の圧力が低下し、通常運転時よりも伝熱管の内外にかかる圧力差は縮まり、破断口から噴出する一次冷却材による圧力が隣接管にかかるが、前記四1の試験では、種々の試験・調査をした結果、伝熱管の破断により隣接の伝熱管が連鎖的に破断する可能性はないとしており、特にこれを否定すべき合理的根拠も認め難い。また、美浜二号機事故においても、隣接管への影響は、隣接管に損傷が生じさせるようなものではなかったというのである。したがって、伝熱管の一本が破断したときに隣接管が次々と連鎖的に破断する蓋然性があるとまでいうことはできない。さらに、伝熱管の破断を契機として、他の事故ないし運転時の異常な過渡変化にあたるような事象が発生することも、一般論としては想定できないではないが、これについても、そのような事故等の発生につながるような条件の発生を具体的に想定することはできないから、このような事象が発生する蓋然性があるということもできない。

5  結語

よって、本件伝熱管の一本が破断したと仮定して、炉心が溶融する危険性があるとまではいうことができず、また、これにより原告らに対して放射能による被害を与える危険性があるということもできない。また、原告らは、本件伝熱管の複数本破断が発生する危険があると主張するが、その危険性があるといえないことは前記のとおりであるから、本件伝熱管の複数本が破断したと仮定した場合に炉心が溶融する危険性があるか等については判断するまでもなく、原告らの右主張は採用できない。

第六結論

以上の次第であるから、安全管理という観点からすると、本件伝熱管のうちには破断の危険性があると判断されるものが存在するといえるけれども、本件伝熱管が破断し炉心溶融に至る具体的危険性があるとは認め難いので、原告らの本件差止請求は認めることができない。

よって、原告らの本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官海保寛 裁判官佐賀義史 裁判官佐藤道恵)

別紙第一図 概略系統図〈省略〉

第二図 原子炉容器内構造概念図〈省略〉

第三図 高浜1・2号機の主要系統図〈省略〉

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